仕事
それから、数時間ほど仕事をした。献策以外にも、することは山ほどある。ヘーゼンは自身の献策案を作成しながら、下級内政官たちの持ってきた資料に目を通す。
「うん、わかった」
1分後。60ページもある書類の決済欄に、すぐさま判を押そうとするヘーゼン。思わず、部下のビターンが大きく目を開く。
「……えっ? 今、読まれましたか?」
「ああ。悪くない。この城の歳費を抑えられるよい案だと思う。しかし、次はもう少し視野を広げて、この領における歳費を抑えられる本格的な施策案を検討してみてくれ」
「は、はい」
そう言っても、ビターンの表情には困惑が見て取れる。
「他に気になるところがあるのか?」
「いや、しかし誤字脱字とか」
「5カ所ほどあったから、直しておく。渡すから、後で確認しておいてくれ」
「か、書き直さなくていいのですか?」
「重要なのは中身だ。僕の決済範囲内の書類だし、訂正すれば問題ない。洋皮紙も無駄だしな」
「な、なるほど」
またしても、ビターンが驚いた表情を浮かべる。他の部下たちも呆気にとられているが。恐らく、前の上官と異なる仕事のやり方なのだろう。これには、慣れてもらうしかないので、ヘーゼンは気にせずに席を立った。
「先日渡した献策の進捗確認に席を外す。その間、これに目を通しておいてくれ」
ヘーゼンは200ページほどの資料を手渡す。
「こ、これはなんでしょうか?」
「献策案。30ほど作成した」
「がっ……さ、30も……ですか?」
「ビターン。君の資料もよくまとまっていたが、より短く簡潔にすることを意識してくれ。そうすれば、早く、作成枚数も減らせる」
「……」
「急ぎではないので、今日中に目を通してくれればいい」
「きょ、今日中……」
「もちろん、優先すべき仕事があればそちらを優先してくれ」
ヘーゼンはそう言い残して席を立ちヤンを連れて部屋を出た。
バズダッダの部屋まで到着すると、そこには、彼の私設秘書官、公設秘書官たちがザワついていた。
「バドダッダ内政補佐官はいますか? 昨日の献策に目を通していただいたか確認したいのですが」
「それが……朝から見当たらなくて」
「困りましたね。上官には報告されましたか?」
「い、いえ。まだ」
「早めにされた方がいいですよ。私たちの仕事が止まってしまう」
「じょ、上官の仕事を心配するのが部下の仕事ではないのですか?」
「心配するのが仕事? よく意味がわからないですな。私たち将官は帝国のために仕事をするのであって、上官の心配などしたって帝国に一ミリの貢献もできない」
「……っ」
「そして、まあ一万歩譲ってそれが仕事だとしても。それは、あなた方秘書官の仕事であり責任でしょう? しっかりと頼みますよ」
公然と言い、自室へと戻っていく圧倒的犯人。隣のヤンは、決して表情を変えることはなかったが、心の中では『おいおいマジかよ』とドン引きしていた。そして、誰もいなくなったボソッとつぶやく。
「よくそんな平然としていられますね?」
「当たり前だろ? 証拠を残すような下手をしていない」
「それでもバレるのが犯罪ってもんじゃないですか?」
「バレたら揉み消す……漏洩者もろとも」
「怖っ!」
ヤンがポーカーフェイスでつぶやく。
「それよりも。補給路の把握は終わったのか?」
「だいたい集めましたよ。もー、大変だったんですから」
「そ、そうか。早いな」
「早いというか、聞き回りました」
「……信憑性は?」
「あると思います。複数の部署でつじつまが合ってましたから。微妙なところだけは資料で照合しましたけどね」
「な、なるほど」
ヘーゼンは思わず舌を巻く。想定以上の結果だ。てっきり、もう数日ほどはかかると予測していた。そもそも、衛士のカク・ズがついているとは言え、6歳ほどの幼児が歩き回って他の内政官たちが相手をするはずがないと思っていた。
そうなれば、調査方法は限られてくる。資料を探したり、噂話を盗み聞きしたり、そんなことをして情報収集するかと思っていたが、正面切って聞き回るとは、なんたるコミュ力。
できないことをやらせることが、成長の近道であることは言うまでもないが、この少女は簡単にそれを越えてくる。
「なにジッと見てるんですか? 不吉です」
「……いや。で、補給路は?」
「12あります。最前線へはいずれも迂回していますね」
「多いな」
「リスク管理じゃないですか? いずれも、他領を通らないといけないですし」
ヤンは簡単な地図を書き、ヘーゼンに手渡す。
「やはり、砂漠から横断しての補給はないか」
「無謀だと思いますよ。オアシスもないし」
「なければ作る。それが内政官の仕事だ」
「……はぁ。そうでしょうね」
予算が大きな政策は、当然上官の決裁が必要だ。だが、不要であればやれることも多い。
「オアシスを作るにしても、水は他から輸送しなくちゃありませんよ。それには、どうしたって莫大な費用が必要です」
「……いや。方法はなくはない」
「どういうことですか?」
ヤンの問いに、ヘーゼンは窓の外を見る。
「雨が降ればいい」
「そんな……都合よく降らないから砂漠なんじゃないですか」
「僕は魔法使いだ。なんとかするさ」
「いや、無理ですよ。天候を操る魔杖なんてないです」
「調べたのか?」
「そりゃ、ここの住民を見てれば、すがりたくもなりますよ」
「……」
黒髪の少女はつぶやき、唇を噛む。この乾いた大地のお陰で、この領は死地となっている。彼女なりに、なんとかしたいと右往左往したのだろう。
「……とにかく。即効性の施策が必要だ。ヤンはそちらの方を進めてくれ」
そう言うと、ヤンは真剣な表情で頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます