尋問


          *


 その日の夜。本格的に周囲が騒ぎ始めた。バドダッダ上級内政補佐官の行方が一向に掴めないことで、周囲の部下たちは右往左往していた。


 特に彼の専属秘書官は公設で2人。そして、私設で3人いたが、全員がその動向を掴めていないという異常事態だ。


 ことさら、私設秘書官の長であるモズコール=バンデスは焦っていた。通常、公設秘書官は、中級内政官と同格であり帝国の将官である。仮に、バドダッダがそのまま行方不明になったとしても、別部署に配属されるに過ぎない。


 しかし、私設秘書官は違う。バドダッダに雇われているので、彼がこのまま戻ってこなければ自動的に職を失ってしまう。通常、私設秘書官は貴族の次男以下で、将官になれなかった者がなる仕事である。


 モズコールもまた例外ではなく、なんとか父親のツテで紹介してもらい粉骨砕身で働いてきた。必然的にバドダッダの昇進によって彼の昇級や地位などが決まる。今さら、他貴族の私設秘書官となっても、最側近どころか、末端の使い走りにしか扱われない。


 朗報を待ちながら、バドダッダの部屋で待っていると、別の秘書官が息をきらしながら走ってきた。


「なにかわかったか?」

「別宅が荒らされています。恐らく、何者かに襲撃を受けたかと」

「襲撃……」


 頭がクラクラした。その線で行けば、もはや生きている可能性は低い。仮に生きていたとしても人質として取られている可能性が大きい。


「昨日、面会していた人物のリストは?」

「は、はいっ」


 モズコールは乱暴にリストをめくる。目下怪しい者はいない。いや、飽きるほどに見た面々ばかり……


「ん? 先ほどきたヘーゼン=ハイムという男……この男の面会時の記録は?」

「えっ……と、その時はシムザルがいますな。シムザル、この時の記録は?」

「あっはい、これです……あれ?」


 シムザルという秘書官は頭をかく。


「どうした?」

「いえ……その時の記載がないんですよ」

「ない? 日誌がないと言うことか?」

「面会記録はあるんですけど、特に記載がなくて」

「何やってるんだ! 昨日のことだろう! 思い出せ!」

「えっ……でも、それが、記憶になくて」

「はぁ、お前、バカか!?」


 思わずモズコールが怒鳴る。


 バドダッダは、お忍びで宴会をする場合もあるので、珍しいことじゃない。しかし、秘書官はその内容を記憶しておき、緊急時に認識共有をするルールになっている。


「それが……その間だけ、どうしても思い出せなくて」

「……」


 シムザルと言う男はそこまで間抜けではない。要領がいいタイプではないが、そこまで記憶力も悪くない。まず、1ヶ月以内に起こった出来事は思い出せるタイプだ。


「なにか……そこで起こった可能性はないか? あまりにも不自然だ」


 ヘーゼンと言う男が着任して1日。それまで、こんな奇妙な事件はなかった。控えめに言っても、バドダッダと言う男は神経を蝕むほど繊細ではないので、突然の蒸発などは考えにくい。


「シムザルが睡眠薬でも盛られたということですか?」

「しかし、次の面会者は記録を取ってます。それならば、意識もしっかりとしているでしょう」

「……しかし、目下怪しいのは明らかにあの男だ」


 モズコールは静かに答える。


「カナドール。至急、ヘーゼン=ハイムを呼び出せ。尋問する」

「わ、わかりました」


 そう指示をしながら、先ほどの行動を思い浮かべる。ヘーゼンと言う男、考えてみれば、上官が行方不明にも関わらず、いやに落ち着いていた。落ち着きすぎていると言うくらいに。


 暗殺系の魔法使いであれば、シムザルの記憶を消して日誌から記録を消すのもできない芸当ではない。


「絶対に化けの皮を剥いでやる」


 考えれば考えるほど怪しい男に。モズコールは沸るような想いを抱えて、机を拳に叩きつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る