仕事


 翌日。ヘーゼンとヤンが城に行き、自部署の部屋に入ると、内政秘書官のジルモンドが仕事をしていた。その目元には、くっきりと深いクマが刻まれている。彼は、ヘーゼンに気づくや否や、急いで立ち上がりお辞儀をする。


「お、おはようございます」

「徹夜したのか?」

「は、はい。あの……お恥ずかしながら、資料の確認業務が追いつかず」

「昨日バドダッダ上級内政補佐官に提出した献策以外、急ぎではないよ。早くやるに越したことはないが、徹夜は業務効率を下げるから今後は控えなさい」

「……申し訳ありません」

「謝ることはない。君の責任感については非常にありがたく思う」

「は、はい!」


 ジルモンドは嬉しそうに返事をした。そしてヘーゼンは、そんな二人のやり取りをジト目で見つめる黒髪少女の頭に手のひらを置く。


「あと、君に紹介したい。この子はヤンだ。私の私設秘書官だ」

「こ、この子がですか?」


 思わずジルモンドが驚愕の表情を浮かべる。内政官が私設秘書官を雇うのは珍しいことではないが、あまりにも幼い。そんな視線をものともせずに、黒髪少女はニコっと無邪気な笑顔を浮かべる。


「ヤンです。よろしくお願いします」

「ジルモンド。君は優秀だ。しかし、この子は特別だ。決して比べないように」

「……はい。わかりました」


 有能公設秘書官は色々と察し苦笑いを浮かべる。初日で、ヘーゼンの異常な能力を完膚なきままに見せつけられたので、まあ、ヤンも普通ではないと思ったのだろう。


「では、君はもう帰りなさい」

「えっ!?」

「1日中働いたから、1日は休みなさい」

「し、しかし……」


 ジルモンドは戸惑う。内政官の慣例として、激務などは当たり前だ。日が越えることなど日常茶飯事。1日休みなど冠婚葬祭以外であるのかとすら思う。そんな不安の色を感じ取ったのか、ヘーゼンは更に言葉を続ける。


「必要な時に必要なだけ働いてもらう。それが僕のやり方だ」

「……」

「もちろん、激務を強いる場合もある。その時には、僕は何日でも容赦なく徹夜させる」

「……はい、わかりました。では、失礼します」


 ジルモンドは納得した表情で部屋を後にした。フッと一息ついてヘーゼンが席へと座ると、なおヤンがジト目でこちらを見てくる。


「なんだ?」

「相変わらず、私以外の部下には優しいんですね」

「優しい? なんのとこだ。僕は必要な指示を適宜送っているだけだ」

「だったら、私にも休みをください」


 ヤンがニッコリと両手のひらを出すが、ヘーゼンは雑にそれを払いのける。


「言ったはずだ。必要な時に必要なだけ働いてもらうと。君に必要なことは勉強と経験。以降数年、睡眠時間以外の余暇は一切必要ない」

「わーん! やだやだやだ!」

「大丈夫。君はストレス耐性高いから」

「やだったらやです!」

「成長期だから」

「さっきから全然説得力のある理由になってない! やだやだぁ!」

「うるさい、やれ」

「ヤバっ!」


 問答無用な回答に、ヤンは驚愕の眼差しを向ける。


 始業時間1時間前。部下たちが出勤してきた。彼らは部屋の中に入るやいなや、上官よりも遅くきたことに、『しまった』という表情を浮かべて、ヘーゼンに駆け寄る。


 しかし、謝罪の言葉を述べようとする言葉を遮り、「後でまとめて話す」とだけ答えた。そして、始業のチャイムが鳴った時、ヘーゼンは部下たちに向かって話しかける。


「まとめて一度だけ言う。僕の始業時間よりも早く来ようなどとする必要はない。むしろ、普段は始業時間よりも、20分以上早く来ないでくれ」

「ど、どういうことですか?」

「簡単なことだ。僕はあくまで実力と功績で評価をする。したがって、上官よりも早く来て『やる気』をアピールすることは、むしろマイナスだ。必要があれば20分前より早く出社してもいいが、仕事の内容はその時に教えてくれ。必要がないと判断すれば、指摘する」

「……」

「評価の多様性は否定しない。そう言う上官もいるのが事実だ。そういう姿勢が業績につながる職種がある可能性もある。だが、僕が上官でいるうちは、必要な仕事を必要なだけする。それを心がけてくれ」

「はい」


 ヤンはその様子を眺めていたが、部下たちの目には上官に対する尊敬の念が見て取れた。


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