指示


 翌日、ヤン、ラグの2人は指示された館へと到着した。室内に入ると、そこにはヘーゼンとギザール、そして見知らぬボロボロの衣服を着た若い女性がいた。


「えっ……と、初めまして、ヤンです」

「キアナです」

「あなたもすーに拉致られたんですか?」

「そ、そんな! 命の恩人です」


 キアナと名乗った女性は必死な表情で訴えかける。どうやら、嘘ではないようだが、隣にいるヘーゼンに心の底から怯えているようで、またしてもなにかやらかしたことは明々白々だ。


「それより、ヤン。奴隷ギルドは壊滅したか?」

「しましたよ、もー。大変だったんですから」


 ヤンはプリプリと頬を膨らませる。使えるのは、カク・ズとラグの二人だけ。しかも、全員生け捕り。絶望的なミッションかと思われたが、なんとかこなすことができた。


「ラグは使えたか?」

「ほ、本人のいる前で。強かったですよ、凄く。正直驚きました」

「ほぅ。ギザール。一度、対峙してみてくれ。実力が見たい」

「……っ、72時間不眠不休なんですがねぇ!」


 泣きそうな声で叫ぶ元将軍だったが、誰しもが同情しながらもスルーする。ここでは、ヘーゼンの無茶は平常運転だ。必要なときは働く。必要でないときは休ませる。それが、この絶対的雇用主の業務形態だ。


 ラグもまた、目に大きなクマをしていたが、とにかく、言われるがままに対峙する。瞬間、先ほどまでわめき散らしていたギザールの表情が変わる。


「……なるほど。雰囲気はあるな」


 そう言って。


 一閃。


 側にあった剣を振るった。


 ラグは静かに後ろへ下がって、それを回避する。


「す、凄いな」


 思わずヘーゼンが驚く。しかし、それも無理はない。今の斬撃は百戦錬磨の猛者が放ったそれだ。どう考えても、やさぐれた一地区の衛兵が躱せるものではない。


 ラグは照れ臭そうに頭をかく。


「へへっ……そ、そうですか?」

「なぜ強いのかは聞かないが、それなら僕の代わりもやれそうだな」

「……えっ?」

「ラグ。君を領主代行として任命する」

「……」

「……」


         ・・・


「……はっ?」

「次は2度言わせるな。君が領主代行だ」

「えっ……えええええええっ!? ちょっと、待ってください俺無理ですよ! 無理無理無理無理!」

「無理かどうかは聞いてないし、君の意見も聞いてない。命令だ、やれ」

「……っ」


 清々しい表情でニッコリと笑う鬼畜領主。


「本当に嬉しいよ。カク・ズにやらせようかと思ったが、駒が増えた。君には地区全体を守ってもらいたい。そろそろ、上級貴族のダドバハンから嫌がらせもされそうだ」


 ヤンから「すーのせいですけどね」と口を挟まれるが、気にせずに話を進める


「ちなみに攻撃されたら攻め返してもいい。制圧するなら後はなんとかする」

「せ、攻めません!」


 ラグは断固として答えた。


「他、シオンは内政官として使え。と言うか、あの子に全部任せなさい。なんか要求があれば全部聞け」

「な、なんか俺の方が手下っぽいんですけど」

「役割だ。領主代行は武力。内政官はその他諸々。どちらが偉いなどはないが、緊急時は全権を持って対応しろ。それが責任だ」

「はっ、はい」


 ラグは気を引き締めた表情で頷く。


「予算は金庫にあるだけ使え。オーバーした場合はシオンに必要経費と使い道を手紙で送るように指示してくれ」

「は、はい」

「ヤン、君はここに残れ」

「嫌です」

「君の感想は聞いてない」

「か、感想じゃなく意志なんですけど! そもそも、シオンは私の秘書官ですし、断固としてあっちにいたいです!」

「僕のものは僕のもの。君のものも僕のものだ」

「……っ」


 ヤンはガビーンという表情を浮かべる。


「捕まえた奴隷ギルド首謀者の調教は?」

「さ、サンドバルさんにやってもらってます……けどっ」

「同情などするな。本来は極刑なんだ」

「わ、わかってますよ」


 ヤンがギュッと拳を握る。そんな様子など気にも止めず、ヘーゼンはラグの方を向く。


「では、ついでに輸送を頼みたいものもあるから、後でそこの部屋にあるものを全部持って行ってくれ」

「わかりました」

「あと、執事のセシル。あの子は元気か?」

「はい。底抜け過ぎるほどに」

「だったら、あの子に炊き出しをさせろ。費用は城の経費を使っていい」

「えっ……あいつにですか?」

「不安か?」

「ええ。大いに」

「ふっ……フフフフハハハハッ、そうか」


 ヘーゼンはその時、声を出して笑った。それは、ヤンが聞いたことのない無邪気で、心からのそれに思えた。


「な、なにがおかしいんですか?」

「いや、すまない。なんでもない。彼女には、周囲を明るくする素養がある。それは、僕らには決して持ち得ないものだ。料理が下手なら配膳だけでいい」

「そんな……ただのバカですよ、あいつ」


 ラグが信じられないような表情を浮かべる。


「能力の話はしていない。人柄の問題だ」

「……意外でした。領主様は能力だけを重視する方かと思ってましたので」

「人は賃金だけでは働かない。家族を守るためだけにも。そろそろ1ヶ月。アメも出すべきだろう。用意するのは美味しい食事と明るい笑顔。それだけでも人は頑張れるものさ」

「……領主様がよくわからなくなってきました」

「知る必要はない。僕は僕、ただそれだけだ。では、行ってくれ」

「は、はい」


 ラグは急いで指示された部屋に入ると、一人。顔面が無惨に変形している人間がいた。


 パタン。


 思わず扉を閉めて、後ろへ振り向いた。黒髪の青年は先ほど無邪気に笑った時とはまるで別人のように……さも当然かのように、


「その男は奴隷牧場で飼育するから。サンドバルに渡してくれ」


 と答えた。

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