訓練
顔面が恐怖に覆われ、少し痩せたのではないかと思われるバドダッダを尻目に、ヘーゼンは腹を満たした女たちに向かって話しかける。
「さて……これから、君たちがやることを説明するよ」
「あの、私、キアナと言います」
「キアナか。わかった、では君が彼女たちを仕切りなさい」
「し、仕切る?」
「君たちは、この別宅を襲撃した盗賊たちだ。だから、ここの財をすべて奪ってこの男を誘拐した。まあ、筋書きはこうだな」
「いっ、言っている意味が……」
「君たちは、これをもって盗賊になるんだ」
「えっ……なるって言っても、私たちどうすればいいか」
「簡単だ。奪って、殺す。ただ、それだけだよ」
ヘーゼンは簡潔に説明する。
「……」
「不安かい? しかし、やらなければ君たちに待っているのは死だ」
「や、やります。いいよね、みんな」
キアナが後ろの女たちに尋ねると、全員が恐る恐る頷いた。
「安心してくれ。ギザールという優秀な男が首領になる。まずは、訓練からだ」
「貴様……内政官が犯罪を助長するのか?」
バドダッダが震えながら口を挟むと、ヘーゼンが不快な表情を見せた。
「高潔面してほしくないなクソデブ。この土地はすでに死んでいる。ならば、生きるためにどうするか? 裕福な者から奪うしかない。もちろん、お前のような者からな」
「な、内政官ならば、あくまで政治で対処すべきだ」
「……なるほど。内政官としての自尊心はある訳か。少し、見誤ってたかな」
ヘーゼンはバグダッダの方を向いてジッと見つめる。
「お前がキチンと内政官として、彼女たちのために政治をすると言うのなら、考えてやってもいい」
「す、する。それならば、見逃してくれるのか?」
「ああ、検討しよう」
「善処しよう」
「やめた」
!?
「ど、どう言うことだ!」
「曖昧な言い方が気に喰わない。すぐに、隠語とか言いだすだろう?」
「す、する! 絶対に彼女たちのために政治をする! 誓ってもいい!」
「……本当か?」
「ああ。天地天命にかけて」
バドダッダの真剣な眼差しを、ヘーゼンはジッと見つめ、やがて、フッとため息をついた。
「わかった。検討しよう」
面横長の男はふぅー、と大きく息を吐き、九死に一生を得たような表情を浮かべる。
「さぁ、まずはこのクソデブを運び出すぞ」
!?
「た、助けてくれると言ったじゃないか!?」
「ああ、わからなかったのか?」
ヘーゼンはそう言って。
爽やかな笑顔を浮かべる。
「隠語だよ。『検討する』は僕にとっては『検討はするが結果が変わることはないのでノー』なんだ」
「はっ……くっ……そんな隠語わかる訳ない」
「だよな? 僕だって、お前のような下賤な性欲を持て余したクソデブの隠語なんてわかる訳ないんだよ」
「ぐっ……ぐぐぐっ……」
ヘーゼンはシッカリとバグダッダの首を掴んで宙へと上げる。
「あくまで政治で? 笑わせるな無能内政官もどきが。政治とはあくまで手段だ。再生するにも、ここは莫大な資金が必要だ。お前らが溜め込んだ金を一旦吐き出させる。一刻も早くやらねばならない。政治とはあくまで選択し得るカードの一つで、この場合は適当ではない」
「ぐぎっ……ぐ、ぐるじい……げほっ、げほっ」
もがき苦しむバドダッダを離して、地面へと寝転ばせる。キアナたちは、恐怖に怯えながらも数人がかりで彼の身体を持った。
「がっ……離せ、離せえええっ!」
「とりあえず、邪魔だから隅に捨てておけ。僕はここで、こいつの汚職の証拠を探す」
「そ、そんなものない!」
「嘘つくな。どうせあるだろ?」
「ぐっ……ない! ないと言ったらない!」
「なければ捏造する」
!?
「……そ、そんなことが許される訳あるか!? 不正ではないか!」
「当然だ。僕はお前のような外道には、あらゆる選択肢を排除しない」
「ひっ、ひいいいいいっ」
バドダッダは狂ったように泣き叫ぶ。
「安心しろ。お前の家族も思わず戸籍を変えたくなるくらいに、このお気に入りの別宅にはお前の特殊性癖の痕跡も残しておくさ」
「ばっ……そんなに信じるか!?」
「いや、みんな信じるよ。だって、お前やりそうだもん」
「……っ」
なんでそんなに爽やかな笑顔を浮かべられるのか。絶対的に意味不明状態のバドダッダである。
「そ、そんなことされたら私の家族が路頭に迷う」
「お前のせいだろ。運が悪かったと思って、お前を呪うだろうな」
「き、貴様のせいだろ!」
「痕跡を残させばそう思うだろうな。だが、僕はそんな下手は打たない。そしたら、家族はお前を呪うだろう?」
「うっ……う゛う゛う゛っ」
もはや、何が起きているかもわからない。バドダッダは、まるで、悪夢を見ているかのように泣きうめき出す。
ヘーゼンはそんなことなど、全く気にも止めず怯える女たちに向かって微笑む。
「さて。やることは山ほどある。とにかく、ここにある財をすべて運び出せ」
「その後は、殴ることに慣れる訓練だな。同時に調達できたので、ちょうどよかったな」
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