その後、ヘーゼンは仕事を終え、バグダッダの別宅で待ち構えた。もちろん、料理の準備も万端である。


「グフフ……すまんすまん。遅くなった遅く――」

「どうかしましたか?」

「……いや、まだ誰も来てないのか」

「誰も? 来るのは私だけですが、誰か呼んでいらしたんですか?」

「……あ?」


 バグダッダは急に不機嫌そうな声を出す。


「女は?」

「来ません」

「なぜ来ない?」

「呼んでいませんので」

「なぜ呼ばない?」

「指示がありませんでしたので」

「指示したじゃないか! 北方カリナ美女は!? プリッとした太ももの美女は!? ミグルー牛のような柔らかな乳をした美女は!?」

「……」


 思わずヘーゼンは口をあんぐりと開けて黙った。


「ま、まさか……わかってなかったのか?」

「あの、おっしゃっている意味が……」

「隠語だよ、い・ん・ご! い ん ごっ! そんなこともわからないのか? わかるだろう? この無能が!」

「……」

「どうするんだよ! おい! 貴様のせいで、上官との接待断っちゃったじゃないか!? 俺の時間をどおしてくれるんだ! く・れ・る・ん・だっ!?」


 バドダッダはヘーゼンの頭をペシペシと叩く。


「……どのようにすればよろしいでしょうか?」

「女! 女だよ! 女女女女女女女女女女女女女女女女! 女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女! お・ん・な! お ん なっ! すぐ、女連れてこい!」

「わかりました」

「クソッタレが!」


 そう吐き捨てて、乱暴に準備した料理を食べ散らかす。ヘーゼンはすぐさま身を翻して、外を出る。


 そして、10分後、息をきらしながら帰ってきた。


「お待たせしました」

「おお、早いじゃないか。いい女だろうな?」

「はい! 極上のを用意しました」

「グフッ……やるじゃないか。通せ」

「はい」

「はっ……くっ……」


 バドダッダは、言葉を見失う。入ってきた女たちは全員ボロボロの衣服を着て、ガラッガラに痩せた身体だったからだ。瞬く間に30人。彼の別宅は彼女たちで満たされる。


「お気に召したでしょうか?」

「き、貴様っ! どう言うつもりだ?」

「いえ、食べ物を施すと言ったらついてきてくれたんですよ。みんな、ここの周辺で飢え苦しんでいる女たちです。さあ、みんな! ご馳走だぞ」


 ヘーゼンが声高に叫ぶと、女たちが我先にと料理に群がる。その様子を見ながら、バドダッダはヘーゼンの胸ぐらを思いきり掴む。


「ふ、ふざけるな!」

「……ふざける?」


 聞いた瞬間、ヘーゼンはバグダッダの顎を掴んで壁に叩きつける。


「がはぁっ!?」

「お前こそふざけるなよ? ここに連れてきた女たちは、お前のようなクソデブの悪政で今日食べるものすらないんだ」

「ぐっ……がっ……」

「動けないだろう? 僕は特別でね。魔杖などなくてもこれぐらいの芸当はできるのだよ」

「ひっ……」


 バドダッダはもがこうとするが、口以外の身体が痺れたように、縛られたように動かない。どれだけもがこうとしても、ジタバタしようとしても、一向に。


「まさか、初日に消す羽目になるとは思わなかったよ」

「け、消す?」

「ああ。だって多いだろ? 上官の決裁」

「……っ」


 ヘーゼンはニッコリと笑顔を浮かべる。


「お前は、僕の経営する奴隷牧場のサンプル第一号だ。おめでとう」

「そ、そんなことが許される訳が……」

「上官の接待を断るってことは、誰にも言わずにお忍びで出てきたんだよな? 部下に一人知ってる者がいるが、そいつの記憶は消せばいい」

「ひっ……助けて、家族がいるんだ」

「どうせ夜な夜なこうやって女遊びしてるんだろう? お前などいなくったって、せいせいするだろうさ」

「……っ」

「ところで……お前、?」


 ヘーゼンが鋭く冷たい視線を浴びせる。


「ど、どうしてくれる?」

「お前のせいで、切れる大きなカードが一つ減った。力技で『行方不明にする』と言うのは、割と万能な手段だったのに」

「ひっ……そ、そんなの俺のせいじゃ……」

「多用すると、さすがに疑われるから使えて一度かと思っている。その貴重なカードをお前のようなクソデブに使わざるを得なくなったんだぞ? どう責任を取ってくれるんだ?」

「はっ……くっ……」


 バドダッダは汗、涙、唾液、その他諸々ほぼ全ての液体を出すことで怯えを表現した。


「まあいい。僕の怒りなど、ここにいる誰にも及ばないだろう。とりあえず、女たちの腹が満たされたら、説明してこれまでの鬱憤の欠片だけでも晴らさせてやるとするさ」

「やめ……やめろ……助けて……」


 バドダッダの懇願を尻目に、ヘーゼンは料理を貪る女たちの元へと向かった。

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