食事
数分後、上級内政官補佐バドダッダの部屋に到着した。ノックをして部屋に入ると、ずんぐりとした寸胴の男が頬杖をしながら座っていた。
「失礼します。この度、中級内政官に配属されたヘーゼン=ハイムと言います。よろしくお願いします」
「ああ、君か。話は聞いている。よろしく」
バドダッダは面横長の顔で満面の表情を浮かべる。
「よろしくお願いします。そして、早速ですが、2つ献策を持ってきましたので、目を通して頂けると」
「献策? いや、その前に少し君の事が知りたいな。ゆっくりと歓談でもしようじゃないか」
「はい。しかし、それは業務外でお話させていただいてもいいでしょうか?」
そう答えると、バドダッダはニチャァと粘着的な笑みを浮かべる。
「ムフフ、それは、お店でという事だね?」
「お店? なるほど、食事をしながらと言うことですね。わかりました」
ヘーゼンは仕方ないと割り切りながら答える。直属の上官がどのような人間か、食事の1つでもして付き合うのも将官としての勤めだろう。普段、ヘーゼンの食事時間は10分以内だが、20分ほどの会話を覚悟した。
「しかし、ここらの店は知り尽くしているんだ」
バドダッダは上機嫌な様子で耳打ちをしてくる。
「できれば、こことは別の地方のが味わいたな」
「わかりました。今日の昼には北方ガルナ地区から新鮮なものが届くはずですので、こちらで準備しましょう」
「ほ、北方ガルナ地区から!? しかも、新鮮だと言うのか!?」
「はい」
「若いか?」
「わ、若い……はい」
「そうか、君はあそこから来たんだったなぁ! 北方か! いいぞ、いいぞぉ!」
「は、はぁ……」
激しく喜んでくれたので、ヘーゼンはホッと胸をなでおろす。自分自身、食にこだわりがないが、ナンダルが色々と食材を送ってくれている。
「しかし、お店ではないとすると別の場所を準備しなくてはいけませんな」
「それなら、別宅を持っているから、そこに連れてきてくれ」
「連れてくる……わかりました」
恐らく『持って来い』という意味だろうとヘーゼンは判断した。さっきから、ちょこちょこ言葉がおかしい気もするが……細かい言葉じりをあまり気にしない方なのだろうか。
「もちろん、好きに味見しても良いのだろうね?」
「当然です。お気に召せば、お持ち帰り頂いてもかまいません」
「も、持ち帰り!? それは、すごい! いいぞ! いいぞぉ!」
なんだか知らないが、激しく喜んでもらったので、ヘーゼンは胸をなでおろす。そして、少し多めに準備して、余った食材は民に分け与えようと密かに思った。
「しかし……期待していいのだね? 短期間で手配が難しければ、今回はお店でもいいぞ?」
「いえ。直接お待ちした方が、時短になりますし。お店だとまずいこともあるでしょうし。用意しましょう」
「さ、さすがだね。仕事ができると聞いていたが。当然、数も質も申し分ないだろうね?」
「お好みを言っていただければ、そのようにします」
「な、なるほど……おっと」
じゅるり、と垂れかけた唾液を袖で拭うバドダッダ。粘着多めだな、とヘーゼンは密かに思う。
「では、どのような料理がお好きですか?」
「料理?」
「はい……あの、部下もいますので端的に教えていただけると助かります」
ヘーゼンはため息をついて耳打ちをする。正直言って、部下にはあまり聞かせたくない内容だ。仕事中に、今日食べる食事の内容なんて。しかし、この上官はどうやら相当なグルメのようだ。このくらいの私情ならば、まあ業務外と言えど許されるだろう。
「ああ……なるほどな。君も固いな。まあ、新参で部下の前では、そうか。プリップリの肉料理がいいな。プリップリの」
「でしたら、バルボ鶏――いや、ジルガスト鶏の、部位はもも肉がいいですかね?」
「おお、いいなぁ。あれぐらいのプリッとした太ももがタイプなんだ」
「準備します」
ホッとヘーゼンは胸をなで下ろす。実は、料理感があまりなく苦手なジャンルである。やはり、ヤンをもう数日早く来させればよかったと後悔していた。
「他にリクエストはありますか?」
「尻もいいが、胸もある方がいいな。ジューシーなヤツがいい」
「なるほど――では、ミグルー牛ですかね? あれは、良質な乳を出す一方でその肉質も申し分のない柔らかさだと有名ですが」
「そう! ミグルー牛! そのくらいの柔らかさだと言うのだね!? わかっているな、君はぁ!」
「あ、ありがとうございます」
なんだか知らないが、もの凄く褒められた。こちらは本で読んだカタログスペックで説明しているだけなのだが、どうやら良書のようで安心した。
「それで、2つの献策ですが」
「なるべく早く目を通そう」
「助かります」
ヘーゼンはホッと胸をなでおろした。この2策は、どうしても早く通したい案件なので、話のわかる上官でホッとした。
「それで、いつ頃見ていただけますか?」
「私も忙しいから明日だな。まあ、全ては今日次第とだけ言っておこうか」
「……頑張ります」
明日ならばとヘーゼンはグッと堪える。本来ならば、その場で目を通してもらいたいが、順次出された資料から確認するのは当然だ。
ともすれば、料理にかなりうるさい上官らしいので、苦手な分野だが頑張ろうとヘーゼンは心に決めた。
「では、失礼します」
「グフフ……楽しみだな」
ヘーゼンはお辞儀をして部屋を出た。
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