献策


 政務室は、中級内政官ごとに部屋が割り当てられている。数名の下級内政官を取りまとめ、ドクトリン領の懸案への対処、また対応の立案・検討・献策を行うのが主な業務内容である。


 そして、献策を通すには上級内政補佐官、上級内政官、次長級内政補佐官、次長級内政官、執政官代行補佐官、執行官代行の決裁が必要となる。


 ヘーゼンは部屋に入るや否や、着席している者が立ち上がる。どうやら、武官の時とは違って完全なアウェイという訳ではないらしい。


「ヘーゼン=ハイムだ、よろしく」


 言葉少なめに自己紹介を終え、着席する。部下は4人。中級内政秘書官のジルモンド。下級内政官のビターン、ダズロ、コラドバである。


 ヘーゼンは早々に顔と名前を一致させ、仕事に取りかかる。書類を作成していると、下級内政官の3人が怪訝な表情を浮かべる。


「どうした?」

「い、いえ。自身で資料を作成されるのですね」

「心配しなくても、上官としての責務も果たす。君たちの資料にも目を通すさ。しかし、数人ほどの組織の管理に1日を費やす気はない」

「な、なるほど」

「ジルモンド。できたので目を通してくれるか?」


 !?


「な、何ができたんですか?」

「まずは、周辺の民への支援を行わなくてはいけない。そのための提案を3つほど出しておいた」

「……っ」


 机に座って5分と掛かっていない。圧倒的、いや異常な作成速度である。ジルモンドはすぐにできた書類に目を通す。


 更に3分後、


「これも頼む」

「えっ?」

「作成した。最前線ライエルドへの輸送経路最適化策」

「も、申し訳ないですが、まだこちらの書類を確認している途中で――」

「2つの献策内容は後々のところで繋がっているから、それを意識した上で目を通してくれ」

「ひっ……わかりました」


 ジルモンドがなぜか怯えた表情を浮かべながら、頷く。威圧したつもりはないのでヘーゼンは首を傾げる。


「断っておくが、忖度はしないでくれ。君に資料を見せるのは客観的な意見が聞きたいからだ」

「……っ」

 

 10分後、ヘーゼンが更にもう2つほど献策に対する資料を作成し終わった時、ジルモンドが申し訳なさそうに答える。


「その……素晴らしい献策内容だと思います。誤字・脱字もなく、簡潔でいて斬新かつ合理的。実現性が伴った計画も添付され口を挟む隙すらありませんでした。私が上官ならば、まず間違いなく決裁するでしょう」

「そうか。ならば、通してくる」

「いえ、その……」

「なにか懸念事項があるのか?」

「恐らく、ほぼ間違いなくバドダッダ上級内政補佐官の決済は降りないでしょう」

「そうか」


 ヘーゼンは頷き、書類を持って席を立つ。


「あの、どこへ?」

「バドダッダ内政補佐官の下へ」

「け、決裁は降りないだろうと申し上げたはずですが」

「仮定の話はいい。君は決裁者ではないだろう? 降りないなら、直接理由を聞いた方が早いし、ちょうどいいから挨拶も済ます」

「だ、駄目ですよ! 挨拶と仕事の話を同時にするのは非礼です」

「そうか? 面倒だな文官というものは」

「……文官というか、常識というか」

「……」


 それを言われると、ヘーゼンは弱い。常識という概念には囚われずに生きていた。しかし、宮仕えをする上で、考慮に入れなければいけない要素の1つだろう。


「では、挨拶を済ませた後。どのくらい空ければいい? 時間を教えてくれ」

「そりゃ1日ほどは最低でも」

「待てないな」

「……っ」


 ヘーゼンは0.001秒で判断した。


「いや、待ってくださいよ!」

「待たない。せめて10分くらいにならないのか?」

「しょ、小休憩じゃないんですから」

「無理か。なら、挨拶はしない」

「ど、どーしてそうなるんですか!?」

「どちらにしろ結果が変わらないのならば面倒だからしない。挨拶をするために1日は費やせない。無駄な常識だ」

「……仮にそうだろうと、ここでは従わなくてはいけないものです」

「君は将官だろう?」

「そ、それがどうしたんですか?」

「常識を作る側の者が、無駄な常識に縛られていてどうする?」

「……それが、常識というものです」

「常識の重要性を否定する気はない。しかし、立身出世のために、すべての常識を迎合するような真似はやめた方がいい」

「そ、そうしなければ昇進あがれないでしょう? 自分のやりたいことができない」


 ジルモンドは激しく机を叩くが、ヘーゼンは動じない。怒るでも威圧するでもなく、ジッと瞳を見つめて口を開く。


「君と同じように考えた者が過去にいなかったと思うか?」

「そ、それは……」

「無駄な常識に甘んじているうちに、人は慣れていく。そして、上に昇進あがって行った時、その常識を行わない者を目障りに思う。そのうちに、『自分の若かった頃は――』とか言い出すんだ」

「……」

「覚えておきなさい。無駄だと思う感性のうちに、無駄なものは排除しなければいけない。例え、遠回りをしたとしても。少なくとも、僕の部下でいる間はそうしなさい」

「……どうなっても、知りませんよ」

「自分でやった事の責任は取るさ。君がやることの責任も。僕は上官だからね」

「……」

「さあ、時間を無駄にしてしまった。バドダッダ内政補佐官の下へ案内してくれ」

「こっちです」


 ジルモンドはあきらめたようにため息をついてヘーゼンを誘導した。



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