目的


 城に帰った頃には、すでにあたりは暗くなっていた。ヘーゼンは起きるや否や、颯爽と闇へと消え、一方でヤンとシオンは書庫へと向かう。


 農地における収穫の向上と奴隷ギルドの壊滅。2人の目的はまったく違うので、調べ物は当然別々のものになる。だが、ヤンはテキパキと調べものと指示を終わらせて、嬉しそうにシオンの下へと駆け寄る。


「手伝わせて!」

「いいの? 奴隷ギルドのサンドバルって人と会わないとダメなんじゃ」

「暗号使って呼び出したから、少し待ちなのよ。その間にちょっとでもね」

「……ありがとう」


 そう言うと、ヤンは照れ臭そうに笑顔を浮かべる。普段、『ありがとう』と言う言葉が聞きなれていないので、思わず嬉しくなって頑張ってしまう。


 そして、数分も経てば、ありがとうの『あ』の字も使わない憎い男の顔が思い浮かんでしまうのだ。


「でも、本当にすーはふざけてる」

「……そうかしら? 少なくとも、やっていることに間違いはないかも」

「シオン。騙されちゃ駄目だよ。あんなの、間違いだらけなんだから」

「どういうこと?」

すーはすべてが異常に早いのよ」

「早い? いいことなんじゃないの?」

「いいこと? あの人のやっていることは、春夏秋冬で花開くところを、無理矢理春だけで咲かそうとしているようなものよ。現実で生きている私たちにそれをやったらどうなると思う?」

「……」

「私は破綻すると思う」

「……そんな、大袈裟な」


 シオンはそう言うが、ヤンは大きく首を振る。


すーは時計の針を無理矢理ぶん回して、すべての事象がより早く起こるようにしている。例えば、今日だってそう」


 ヤンがガブルを口説き落とそうとした時、あと数時間あれば結果が出ていた可能性が高かった。しかし、ヘーゼンはそれを、待たずに無理矢理に脅迫することで目的を達した。


 社交会の場でも、上級貴族のダドバハンがヘーゼンに敵意を向けた。何もしなければ、あの時点ではそこまでの感情は持たれなかっただろう。しかし、敢えて彼よりも遥か上位の貴族を連れてくることによって、憎悪の感情に至る過程を早くした。


 農地開墾もそうだ。カク・ズや死兵を使い、自身の魔力と身体を酷使して、1日で100日分以上の成果を出そうとしている。


 まるで、あの男の生きている周りだけ、別の時空が存在するかの如く。グルグルグルグル。時計の針は目まぐるしいほどの速度で動き続けている。


「……でも、それって悪いこと? 成長が早いに越したことはないじゃない」


 シオンがそんな風に答えるが、ヤンにはどうしてもそうは思えなかった。


「成長が早い花はどうなると思う?」

「そりゃ、開花が早ければ早く楽しめる」

「そうね。でも、開花が早ければ、散るのも早い」

「……」

すーの早さは異常よ。人よりも100倍以上の濃度で生きてる。そして、その早さでもって周囲も変えようとしている」

「……」


 シオンには理解できないみたいだった。無理もない。しかし、数ヶ月でも同じ時を過ごせば嫌でも理解する。叩き込まれる。思い知らされる。


「もちろん、すーがより大きな権力ちからを得れば、自身の及ばない範囲も大きくなる。だから、実際には今を急いでいるだけなのかもしれない。でも、今のペースを続けていたら周囲は十年も持たないかもしれない」

「流石に心配のしすぎじゃない?」

「……」


 シオンには決して言うことはないが。ヤンの行動や会話はすべて把握されていると思っていい。あの男が見込んだ者。それは、危険だと判断されると同義だからだ。


 ヤンがそれに関して、プレッシャーを感じることはない。しかし、シオンや他の者にとって。ヘーゼンを恐れるようになるのには十分なことだ。


 長期的成果を短期で求めると言うこと。ヤンが考察するに、それはある一点に集約すると言うことだ。20年後……10年後……いや、もっと近い未来かもしれない。


 ヘーゼンの定めた目標に向かって、最終的な到達点に向かって、彼は時を早め続けるのだろう。


「ううっ……怖くなってきた。さっ、せいぜい巻き込まれないように力をつけなきゃ」

「ヤン。目的が意味わからないよ」


 シオンは小さくため息をついて、再び農業の本に没頭した。

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