翌日。ヘーゼンは日差しとともに城へと戻ってきた。一晩かけて死兵を使い、全ての麦畑を耕した。これで、最低限の条件は整った。大量に細かな行動をさせたので、かなりの魔力を消費した。


「……あの忌々しい男の知識を、こんな形で借りるとはな」


 思い返せば、あの男は、空いた時間で農耕の研究をしていた。ヘーゼンはまったく興味がなかったが、それでも研究結果には目を通すので、耕し方自体は把握していた。


 フラフラになりながら、ベッドにダイブした。柔らかな感触が全身に襲いかかり、途端に眠気が襲ってきた。


           *


『酒ですよ』

『酒?』

『めいっぱい働いて、その後に飲む酒は最高に美味しいんだそうです』

『理解できないな……酒は思考を鈍らせる。君も大人になって溺れることがないようにしなさい』

『……でも、母さんが死んで。浴びるように飲む酒は酷く不味そうでしたね』

『……』

『結局、酒って言うものは。幸せな者をより幸せに。不幸な者をより不幸にするものなんですかね』

『……君が大人になって酒を飲める年ごろになったら。一度だけ付き合おう』

『えっ?』

『その時に私が味わう酒が、君が味わう酒がどんな味か。確かめてみたいと思わないか?』

『……面白いですね。わかりました、約束しましょう』

『ああ、約束だ』


            *


 数分後、ヘーゼンはベッドから飛び起きて、書庫へと向かう。そこには、シオンの姿があった。どうやら、徹夜して調べ物をしていたらしい。


「りょ、領主様。どうしたんですか?」

「酒だ」


 ヘーゼンは本棚に向かいながらつぶやく。


「はっ?」

「酒の醸造を始める」

「な、なんでいきなり……」

「この地を闇市場にするためにだ。酒のある所に、ろくでなしは集まるものだからな。しかし、大量に仕入れるにはコストがかかる。ならば、自分たちで生産した方が安上がりだ」


 それに、ここの農家は麦畑が多い。酒を作るには麦芽を発酵させることでできる種も多い。原料から生産して販売にまで繋げられれば収益も大きくなる。


「シオン。君に任す」

「え、ええっ!?」


 ヘーゼンは選んだ書籍を数冊渡しながら言う。


「商人のナンダルを呼び出しておくから、進めておいてくれ」

「で、で、でも! 私に酒の知識なんてない……そもそも、子どもですし」

「言い訳は聞かない。やれ」

「……っ」


 ニッコリと有無を言わさぬ笑顔を浮かべる。


「僕はこれから、帝都で将官としての責務を果たさなければいけない。3ヶ月後までに試作品を作ってよこしなさい」

「ど、どうやって」

「自分で考えなさい」

「……っ」


 再び。ニッコリと有無を言わさぬ笑顔を浮かべる。


 ゴールだけ与えて、どのくらいの仕事をするのか。そこでシオンの能力を測る目的もある。指示されてやれる能力も重要だ。しかし、必要なのは指示することなく前に進む能力。


 ヘーゼン自身が領主として費やせる時間は少ない。しかし、今後出世するに従って領地はますます増えていく。そんな時に自ら考える者がそばに増えることが大きな力となるはずだ。


 ヤンが見込んだのだから、ある程度の能力はあるのだろう。しかし、大事なのは試練を与えること。それは、あの甘ちゃんにはできないだろう。


「でも、お酒なんて……そんな人を狂わせるもの」


 シオンはどうにも納得できないような表情でつぶやく。もともと、ここの領民は酒浸りばかりだ。マイナスな印象の方が強いのだろう。


 だが、関係ない。


「最初に言ったはずだ。僕の命令は絶対だ。例え犯罪行為だろうが、領民である君たちに拒否権はない」

「……」

「それに、違う」

「えっ?」

「酒は幸せな者をより幸せに。不幸な者をより不幸にする……そういうものだ」


 ヘーゼンはシオンに背を向けてつぶやいた。

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