招待


 『自分が招いた』と言うヘーゼンの言葉に。ダドバハンは顎が外れるほど驚愕する。まさか、最下級の、しかも下級貴族が最上位から数えて5本の指に入る大貴族家の当主を招待するなどと聞いたことがない。


 しかも、直接的に主従関係がある訳でもない上級貴族を。


 ウォルド=ドネア。10代の頃から千を超える戦場を駆け巡った正真正銘の猛将である。元々は、帝国の叙勲一等の四伯だった人物だ。30代を過ぎて現役を引退し、このテナ学院を建てた。それから、10年も経たないうちに、帝国の名門校と並びたつ存在とした。


 現在は、第一線を退き爵位を一つ落としたが、それでも上級貴族の中では大きな影響力を誇る。もちろん、上級貴族の底辺であるダドバハンとは、比較対象にすらならない。


 そして、そのヴォルトは、ヘーゼンを見つけるや否や、嬉しそうに駆け寄る。


「久しぶりだな。活躍は娘から聞いている。数ヶ月足らずで中尉格に昇格とか。暴れているみたいだな」

「そんな。真面目に職務を遂行しているだけです」

「はははっ! 相変わらず、こともなげに言う男だな」


 剛気な笑い声が響く。一方で、隣の美しい女性は大きくため息をついて、ヘーゼンをジト目する。


「もう。相変わらず君は急なんだから」

「エマ、来てくれてありがとう。会えて嬉しいよ」

「……っ。い、言っときますけど、私だって忙しいんですからね」


 煌びやかなドレスに劣らぬ美女は、ヘーゼンの言葉に顔を赤らめながら答える。


「では、早速内情を教えてくれ」

「せ、世間話を事情聴取みたいに聞かないで!?」


 と不満げに答えた時、彼女の瞳にヤンが止まる。


「この子は?」

「ああ、ヤンと言う。妹だ」

「えっ!? ヘーゼン、妹いたの?」

「作った」

「つ、作るもんじゃないと思うけど」


 エマが呆れながら答える。一方で、ヤンは叩き込まれた本と、先ほどから観察していた貴族の立ち振る舞いを参考に、貴族流のお辞儀をする。


「ヤン=ハイムです」

「か、可愛いっ。ヘーゼンの妹とは、とてもじゃないけど信じられない」


 小さな小さな少女に対して、エマが抱きしめたくなる衝動を抑えながらつぶやく。


「拾い物だ」

「……っ、こんな可愛らしい子を物扱いとか!?」


 そんな風に話していると、ダドバハンがこちらに近づいてきた。


「コホン…… 」


 隣で咳払いをする。風邪だろうか。


「外見など比にもならないくらい重宝してるよ」

「……はぁ。なんとなくだけど、同情してしまうわ」

「エマ様、わかってくれますか?」

「ワハハハハッ。それだけの娘か。だったら孫に欲しいな」

「……」


 ワイワイと4人で盛り上がった会話を繰り広げた横で、ダドバハンがポツンと一人空気と化していた。


「ゴホン、ゴホン。ゴホン、ゴホン、ゴホン」

「……あの、ダドバハン様」

「なんだ?」

「体調不良でしたら、医務室に行かれては? 移したら皆様に迷惑になりますし」

「くっ……。ヘーゼン。少し、こちらに来なさい」

「わかりました」


 ダドバハンはヘーゼンの袖を掴んでエマとヴォルトの下を離れる。


「貴様……早くあのお二方を紹介しないか!?」

「ああ、紹介?」

「……っ、紹介して欲しかったとかではなく、私の手下である貴様の義務だろうが!」

「義務? 上級貴族と下級貴族の間で、そのような取り決めはなかったはずですが」

「空気だよ! く・う・きっ! 感じろ! 読め! この無能が!」

「なるほど。申し訳ありませんね」


 こともなげにそう答えて。ヘーゼンは、再びヴォルトとエマの方へと近づいた。


「紹介します。ダドバハン=ジャリアト様です。直属の上級貴族にあたります」


 ヘーゼンがそう言うと、ダドバハンが胸を張りながら満面の笑みを浮かべる。


「ヴォルト様。かつて、2度ほど晩餐会でご招待いただきました。あらためてご挨拶は無粋かとは思いますが、どうぞ今後ともよろしくお願いします」

「……うーん。誰?」


 !?


「お、お父様! 失礼でしょう!?」


 エマが慌てながら取り繕うが、ヴォルトはダドバハンの顔を見ながら、難解な表情を浮かべる。


「しかし……初対面じゃないか? 2度も会っていれば、まあ、顔はわかるし」

「その……確かにヴォルト様は私のような末端の上級貴族とはご挨拶もできないお立場なので、実際に顔を合わせるのは初めてになりますが」

「なんだ! ワハハハハッ! そんなのは、顔見知りとは言わんじゃないか!」

「はぐっ……そ、そうですね」


 ダドバハンは、顔を真っ赤にしながら下を向く。


「申し訳ありません。お父様はこう言うデリカシーのないところがありまして」


 エマが深々とお辞儀をする。その顔を見ながら、ダドバハンは弾けるような微笑みを浮かべる。


「い、いえ。しかし、お美しい。今年、将官に配属された才媛の中でも特にお美しいと噂には聞いていたが、これほどとは」

「……ダドボボと言ったかな?」

「……ダドバハンです」


 ヴォルトの横槍を、忌々し気に訂正する底辺上級貴族。


「お前にはやらんぞ。ヘーゼンなら大歓迎だがな」

「お、お父様!?」

「……」


 顔を真っ赤にしながら慌てふためくエマの顔を見つめながら、ダドバハンはグッと歯を食いしばりながら下を向いた。

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