招待


 数時間後、ラグリオ地区の城で社交会が開かれた。主催するのは、同じく下級貴族のバラネホ=ボリナである。


 立ち並ぶ豪華な食事の数々。煌びやかなシャンデリアが会場を派手に照らす。そこには、ホストのバラネホが甲斐甲斐しく、かつ優雅に立ち回っていた。


 ゲストの主役は、上級貴族のダドバハン=ジャリアトである。彼とは実質的にヘーゼンとの主従関係が成立している。


 彼の爵位は20ある上級貴族の爵位で最下位の『流木』である。しかし、最下級とは言えど、下級貴族で最下位の地位であるヘーゼンと比べれば天と地ほどの差がある。


 下級貴族は定期的に大掛かりな社交会を開催しなければならない。同じく下級貴族のヘーゼンとしては、社交会の規模、予算、立ち振る舞いなどを把握する必要がある。


 ヘーゼン、ヤン、シオンが会場に入ると、周囲の視線が集まる。もはや、定例と化したこの催しの中で、新参は否応なしに注目される。


 注目には慣れているヘーゼンだが、ヤンとシオンはあまり経験がないので若干動きが硬い。浴びせられる視線に戸惑いながら、ヘーゼンの後ろに隠れる。


「なんか……全員から見られてません?」

「自意識過剰だな、ヤン。見ているのは、72人中49人。全員ではない」

「そ、そう言うことを言ってるんじゃなくて」

「状況分析は正確にしないと、戦場では生き残れないぞ?」

「社交会で戦場の話をするなんて、無粋ではないですか?」

「常在戦場。この場も戦場だと言って過言ではない」

「過言過ぎる!?」

「騒ぐな、はしたない」

「……っ」


 ガビーンとエレガントでない表情を浮かべるヤンだが、あくまで小言の応酬なので周囲は気づかない。ヘーゼンは気にすることなく、ホストのバラネホに近づく。


「本日はお招きいただいてありがとうございます」

「ヘーゼン=ハイム様ですね。こちらこそ、遠いところからお越しいただきありがとうございます」

「こちらは我が妹のヤンです」

「ほぉ……これは、美しいお嬢さんだ」


 適当に挨拶をこなしながら、世間話をする。そんな中、上級貴族のダドバハンがチラチラとこちらを伺っている。


 ヘーゼンは適当に話を切り上げて、ダドバハンの方に向かう。彼も同じく帝国の将官である。年齢はヘーゼンよりも5歳歳上だが、3ヶ月で中尉格に昇進したヘーゼンよりも下の少尉格である。


「初めまして。この度、クラド地区の領主の地位を拝命しましたヘーゼン=ハイムです」

「ふむ。ダドバハン=ジャリアトだ。どうだ、クラド地区は?」

「問題ありません」

「……と言うことは、キチンと税を納められるのだろうな?」

「はい」

「それは、驚いた。やはり、異例の昇進を成し遂げる者は言うことが違うな」

「ありがとうございます」

「……失礼する」


 ダドバハンがムッツリした表情を、浮かべて他の場所へと移動する。それから、周囲に集まった人たちと言葉を交して、その場が笑いで包まれる。


 それから、ヘーゼンの周囲には誰も近づかなくなった。


「完全に嫌われましたね」

「それより、ヤン。料理をよそい過ぎだ」

「た、食べたかったんですもん」

「小分けしなさい。マナーはキチッとしないとうるさい輩がいるからな」

「それより、どうするんですか?」

「どうするとは?」

「はっきり言って、あっちではすーの悪口で盛り上がってますよ。いきなり、ハブにされちゃって」

「別に。仲良しこよしでやっていく気はない。最低限の社交さえしていればいい。ダドバハンも取るに足らぬ人物のようだしな」

「……とは言っても、上級貴族と下級貴族の間柄だと、どうしてもある程度の付き合いは必要でしょう?」

「当然、そのために、準備はしている」

「じゅ、準備?」


 ヤンが怪訝な表情を浮かべた時、会場の扉が開いた。そこには、屈強な老人と美しい淑女が入ってきた。


 予期せぬゲストに誰もが釘付けになる中、ダドバハンが汗だくになりながら、ホストのバラネホの下へ駆け寄る。


「き、き、貴様っ! 聞いておらんぞ! なぜ、ドネア家の当主ヴォルト様と令嬢のエマ様が来る!?」

「ド、ドネア家?」

「知らんのか!? 爵位5位『仁赤』の大貴族家だぞ!?」

「ああ、私が招待したんですよ。お暇だとのことでしたので」


 ヘーゼンは満面の笑みで微笑んだ。

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