牧場


 隣のカトレア地区に到着した。ナンダルの知り合いの店は、かなり大きな店だった。


「このあたりにも知り合いがいるんだな。君は北方のガルナ地区出身だろう?」

「商人は情報網が命なんで。それに、ここの店主は元ガルナ地区出身なんですよ」

「なるほど。それは、ついてるな」


 店に入ると、紳士的な中年が出迎えに来た。服屋だけあって


「いらっ……なんだ、ナンダルか」

「なんだとは、ご挨拶だな。お得意様を紹介してやろうとしているのに」


 無精髭の男は、苦笑いを浮かべながら隣を見る。


「ヘーゼン=ハイムです」

「ラミャワンと申します」


 紳士的な中年は深々と頭を下げる。


「早速だが、この2人を社交会に出して恥ずかしくないようコーディネートして欲しい」

「かしこまりました。ご予算はおいくらほどで?」

「社交にはあまり詳しくなくてね。大銀貨1枚ほどで適当に見繕ってくれ」


 ラミャワンは笑顔で頷いて、2人を案内する。


 ヤンもシオンも戸惑いながらもドレスを選ぶ。ヘーゼンもアレコレと物色するが、ファッション選びと言うより、市場調査という感じだ。


「嗜好品はよく金が落ちるが……どうするかな」

「どちらにしろ、あのボロボロの城には似合いませんよ」

「城は1ヶ月後には立て直す」

「そ、そんな人員と材料費があるんですか?」

「人員は死兵でなんとかする。材料は、なんとかできるか?」

「……わかりました。なるほど、こちらに呼び寄せてなにをさせるかと思いきや、死ぬほどやらせる訳ですね」

「せっかくできた繋がりだからな。せいぜい利用させてもらうさ。ところで、宝珠は?」

「搬入させてます。しかし、いいんですか? 今回は質の悪いものが多いですが」

「構わない。まずは、見込みのある者を見つける作業になるだろうから、悪いものでいいんだ」


 ヘーゼンはすでに、魔杖製作の工房も城の内部に構えている。要塞では、個人のスペースだけだったが、今回は十数人規模が作業できるほどの広さだ。


「……剛毅な方だ。帝国禁制の魔杖製作を堂々とやろうってんだから」


 魔杖の取り扱いは、帝国によって厳しく管理されている。組合に属する者しか魔杖製作ができずに、実質的な独占状態である。


 当然、ヘーゼンのやっていることは違法中の違法だ。


「秘密は漏らさないさ。それに、優秀な魔杖工がいれば、産業の活性に繋がる。闇市場での需要も高いからな」

「……そうなってくると帝都の闇市に食い込むことになりますが、あそこは競争が激しいですよ?」

「確かに、すでに市場が出来上がっているからな。そこには、食い込めないだろうな」


 価格競争で負ける気はないが、最終的には数の暴力で駆逐されることが容易に想像できる。上級貴族の介入も予測できるので、本業の帝国将官として不利な立場にも立たされかねない。


「いっそのこと城下丸ごと闇市にしますか?」


 ナンダルは冗談めいた口調で笑う。


「……それも悪くないかな」

「えっ、いや。冗談ですよ?」

「いや。極めて現実的な提案だ」


 ヘーゼンがかなり真剣な表情で考え始める。その様子があまりにも不穏で。ナンダルは必死に反論する。


「犯罪者や売人が横行しますよ? 自分の城下町に敢えて闇市にしようなんて異常です」

「……そこは、取り締まる。むしろ、犯罪者や売人たちを奴隷にして強制的に労働させれば……ふむ、奴隷牧場か……悪くない」


 !?


「め、名案みたいに身震いすることを言わないでくださいよ」


 ナンダルは大きくため息をつくが、ヘーゼンはかまわずに思考を続ける。


「いや。どのような城下町にするかはずっと考えていたが、闇市場にするのは悪くない。奴隷もイキのいいのが用意できそうだ」

「……奴隷は、私は好きませんがね」

「そうか? 犯罪者や罪人を死刑にするくらいなら有効活用できると思うがね。その分、善良な女、子どもの奴隷需要が減れば、帝国にも貢献できる」

「お、恐ろしい方だ」


 ナンダルは、思わず数足後ずさる。


「その点でいけば、この土地の老人たちも有効活用できる。彼らには肉体労働でなく、奴隷どもの管理をさせればいいからな」


 契約魔法で行動を縛れば、反逆の心配もない。食事の配膳に力はいらない。動物たちとは違って、世話の手間もかからない。作業の指示さえすれば、いいように調教をすればいいのだ。


 悪人を連れてこればいいので、初期費用も不要だ。食事(餌)も最低限でいい。給料なども払わなくてもいい。


 老人で麦畑を持っている者の、開墾作業にも使える。死兵ではできない城の改修の細かい作業もやらせられる。


 奴隷牧場。考えれば考えるほど名案だ。


「うん。これなら上手くいく。ありがとう、ナンダル。君のおかげだ」

「お、俺のせいって聞こえるのは気のせいですかね!?」


 ナンダルは投げやりに、泣きそうになりながら叫んだ。

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