準備


 道中。ヤンはシクシクと泣きながら突っ伏す。どうやら、先ほどの計画をぶち壊したことで、ご機嫌斜めらしい。


「嘘泣きやめろ」


 !?


「ひ、酷すぎる。人でなし。ロクでなし。バカバカバカ。バカバカバカバカバカバカ……」

「なにが気に入らないのか、僕にはわからないな。あの老人の力を借りたかったのだろう? やらせたじゃないか」

「強制的にじゃないですか!?」

「そうだよ」

「それじゃ意味ないんですよ」

「目的は達しているだろう?」

「目的は民を幸せにすることです!」

「だから、強制的にやらせるんじゃないか。あのまま、日和見で不貞腐れたままだと野垂れ死ぬ」

「やらされ感満載でいい仕事ができますか!?」

「やりたくて仕事をやる者など、ほとんど存在しない。やらされる中の一雫に充足感というものを感じて自己を紛らわせる生き物なのだよ、人間というのは」

「そこまで人に絶望してないんですよ私は!」

「絶望などしてない。事実だ」

「あー、間違ってました! 私はそこまでひねくれてないんです! このひねくれ者」

「それより、ほら」


 ヘーゼンはいつも通り、ヤンとの言い合いをぶった斬り、2人に本を渡す。


「な、なんですかこれは?」

「貴族のたしなみが書かれている。作法、身だしなみ、マナー諸々。あと、1時間で到着するからそれまでに覚えなさい」

「キーッ! なんなんですかもう!」


 ヤンは怒りながら、泣きながら必死で本を開いて頭に叩き込む。そんな2人のやりとりを唖然と眺めるシオンに向かってヘーゼンが睨む。


「ほら、君も。時間は待ってくれない」

「は、はい!」


 忙しなく中も外も動く中、急に馬車が急に停止する。そこに入ってきたのはナンダルだった。ヘーゼンは、会うや否や、挨拶もなしに話し出す。


「これから、貴族の社交会に行く。早速だが、この2人に合う服を準備してくれ」

「き、貴族のですか!?」

「できないか?」

「い、いえ。やります。しかし、私は平民出なので。知り合いの貴族御用達の服屋に寄らせてください」

「わかった。御者のギザールにその場所を伝えてくれ」


 !?


「ぎ、ギザールって……あの、ギザール将軍ですか!?」

「元な。今は、ただの馬車の御者だ。あと、諸々の雑務に有効活用してるよ」

「あー! 休みたいなぁ!」


 外からギザールの不満気な声が聞こえる。この元将軍には、裏で暗躍してもらっている。最近では周辺の土地や人々の調査もギザールが事前に行なったばかりだ。ほぼ、一日中働き詰めなのでグチグチと不満を言うこともあるが、大抵は敗者に口なしと黙らせている次第だ。


 そんな彼の不満を1ミリも受け付けず、ヘーゼンはナンダルと話を続ける。


「それよりも、この土地で店を出さないか? 城下だったら税は取らんぞ」

「いいんですか? 上級貴族への上納もいるでしょう」

「それは、こちらで負担する。今は、利益度外視で周辺の商人を駆逐したい」

「大丈夫ですか? 新任の下級貴族が、場を荒らしちゃ睨まれますよ」

「上手くやるさ」

「……あなたにはそぐわない言葉ですね。しかし、その言葉より頼れるものは存在しない。わかりました」


 ナンダルが疲れたような笑みを浮かべる。


「それと。ヤンが雇わせた子ども以外に、麦畑の持っていない若者も雇いたい」

「な、なんで私がやったこと知ってるんですか?」


 すかさず口を挟む黒髪の少女に、ヘーゼンはフッと含み笑みを浮かべた。


「君の偽善的行動パターンなど、知っていなくてもだいたいわかる」

「くっ……性格最悪。若者だけですか?」

「識字率を上げたいんだよ。老人でわかる者がいればいいが、そこはあまり期待していない。それに、番頭に立たせるなら若者の方が見栄えがいい」

「じゃ、じゃあ老人たちの仕事はどうするんですか?」

「知らないよ。彼らの生産性が低いから、自ずと優先順位は低くなる。いずれ、時間があったらまた考えるかもしれないな」

「あ、悪魔!?」

「優先順位的に当然の選択だ。僕は慈善事業をやる気はない。全体としてどう動かせば効果を最大にできるかを考えている」

「それを悪魔だと言っているんです!」

「意味がわからない。少なくとも若者はなんとかしようと考えている。いい加減、全員を救おうなどと言う甘ったるい脳内お花畑満載の思考はやめた方がいいな」

「大きなお世話です!」

「はぁ……相変わらず過ぎて不安になりますよ」


 ナンダルは深い深いため息をついた。

 

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