馬車
2人はバダッドの案内にしたがって、ガマノという老人の家へと入った。顔面がしわくちゃで、寝たきりだった。いかにも頑固ジジイと言った感じだ。
「なんの用じゃ?」
「あの、バダッドさんからあなたが麦畑の土に詳しいって聞いて」
「帰れ」
「まあ、そう言わずに。お邪魔します」
「こ、こらっ!」
ヤンはズケズケと中に入る。この手の頑固者には、多少強引にでも懐に入ったほうがいい。それが、この少女の経験則だった。
内装は質素で、最低限のものしかない。
「収穫量を上げるために、助言を頂きたいんです」
「はっ! 今更か? ワシは何度もダリルに言ったぞ? このままだったら、土が手遅れになってロクなもんが育たん。だから、踏ん張って畑に精を出せって。でも、あいつは聞かなかった」
「……お互い、守るために必死だったんです。でも、
ヤンは深々と頭を下げる。
「帰れ。お前らに話すことなんて、ない」
「……じゃ、畑貸してください」
「はぁ?」
「使わないんですよね? 腰悪くしてから、手入れもできてなかったみたいだし。もったいないじゃないですか」
「ワシの畑じゃ! 勝手じゃろうが!」
「税を払えなければ、あなたの畑じゃなくなります」
「……っ、こら勝手に……痛たっ」
ガマノが急に立ち上がろうとして腰を押さえる。シオンがすぐに駆け寄って身体を支える。
「大丈夫、おじいちゃん?」
「くっ……お前っ! あの小娘を止めんか!」
痛みを堪えながら叫ぶが、ヤンは気にしない。家を出て、しばらく麦畑を観察した後、ウロウロしたり、見様見真似で鍬を持って耕し始める。
「……」
ヤンとしては、特になにかをしている訳ではなかった。当然、土のことなど素人同然なのでわからない。ただ、ガマノという老人が見てられずに口を出すのを待っているだけだ。
下手くそがやっていたら、上級者はつい口を出したくなる。その習性に逆らうことが出来る人が多くないことをヤンは知っていた。
「うーん……わっからないなぁ」
「……っ、小娘が」
カブラがだんだん苛立っているのがわかり、ヤンは心の中でほくそ笑む。もう、間もなくこの老人は何か怒り出してくるだろう。
ガララララララッ。
「ん?」
その時、車輪の音が鳴り響き、ヤンは身体を起こす。見ると、豪奢な馬車がこちらに向かってきていた。
その馬車は、麦畑に侵入してヤンのちょうど手前に止まる。出てきたのは、ヘーゼンだった。
「
「ここは、僕の領土だからなんの不思議もない。これから、貴族同士の社交会がある。ついてきなさい」
「い、今!? ちょうど、すごく重要な場面なんですけど!?」
「君の意見は聞いてない」
「……っ」
なんたる自分勝手。唯我独尊の極地。あらゆる空気の破壊者。ヤンはガビーンと驚愕の表情を浮かべる。
「代わりにカク・ズを、置いていく」
ヘーゼンはそう言うと、巨漢の男がため息をつきながら出てきた。
「代わりに、彼を貸しだそう。カク・ズならば一晩あればこの辺の麦畑など容易に耕せる。それと……シオンと言ったか? 君もついてきなさい」
「わ、私もですか?」
「ヤン……君はこの子にいくら出す?」
「しょ、小銀貨2枚」
「同情ではないな?」
「もちろん」
ヘーゼンは数秒ほどシオンを見るが、やがて頷いて乗車を促す。
「わかった。すぐ乗りなさい。君をヤンの秘書官として雇おう。ほら、小銀貨2枚だ」
ポケットから硬貨を放り投げ、シオンは慌ててそれをキャッチする。その様子を見てた、ガマノが軽蔑するような眼差しをヤンに浴びせる。
「なんだ……所詮は貴族の道楽か?」
「そ、そんなんじゃ……」
「どうせ、麦畑などどうでもよかったんじゃろ?」
「ち、違います! もー、
すべての計画をぶち壊されたヤンが涙目になりながら訴える。ヘーゼンはそのやり取りを聞いていたが、やがてガマノに向かって深々とお辞儀をする。
「すまないな。ヤンと君とでは時間の価値が一万倍は違うんだ」
「な、なんじゃと!?」
「違うのかな? もうろくし腰を痛めて麦畑も耕せない。ろくに助言もしない。他人に言われた一言に、ふてくされて何年もなにもしないでボーッと生きてきた者と、一日18時間以上、休憩もなしに動き回り、なんとか状況を打開しようともがいている者の時間。どちらが濃厚な時を過ごしているかなど、一目瞭然だろう」
「くっ……」
ヘーゼンはガマノの胸ぐらを掴んで、強烈な視線を浴びせる。
「いいか? 僕はヤンのように優しくはない。カク・ズを労働力として貸してやる。死ぬ気で助言して成果を出せ。でなければ、死ね」
「はっ……くっ……」
「行くぞ。時間がもったいない」
おののく老人を尻目に。ヘーゼンは身を翻して、ヤンとシオンを連れて馬車に乗り込んだ。
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