お菓子


 その場にいる民たちは、唖然としていた。確かに、反発しようとした。しかし、目の前の魔法使いは、いきなりの臨戦態勢。しかも、魔杖の両手持ち。


 そして、そんな様子を横目で見るヤンは、いつも通り、ガビーンとした表情を浮かべる。


「す、すー! あなたいったい……正気ですか!?」

「……おっと、忘れていた。そうだったな」


 ヘーゼンはそうつぶやき。


 背後に魔杖を8つ出現させた。フワフワと宙に浮いたそれらは、まばゆい光を発しながら、クルクルと廻る。


「僕としたことが。ありがとう、ヤン。これで、油断はない」

「な、な、なっ……なにをやってるんですかーーー^^ーー!?」


 ヤンは声を裏変えしながら叫ぶ。


「師! あなた、こともあろうに、武器も持たない住民に向かって」

「ヤン。覚えておきなさい。真の強者は、強者にも強いが、弱者にも強いものだ」

「それ全然カッコよくない!」


 そんな意味不明なツッコミを無視して、隣の少女から異常者と呼ばれた魔法使いは、住民たちに好戦的な視線を送る。


「どうした。かかってこないのか?」

「ひっ……お前……無抵抗な俺たちに向かって、武器で脅そうってのか!?」

「無抵抗? 僕が臨戦態勢に入ったから無抵抗を装っているだけだろう? 僕が仮に丸腰だったら、君たち500人が一斉に襲いかかってくる可能性も想定できた。したがって、その仮定は意味をなさない」

「はっ ……くっ……」


 バズッドという青年は数歩後ずさりする。


「断っておくが、500人全員で一斉にかかってきても、僕は全然問題はない。昔は、3万人を単騎で相手したこともある。卑怯などと気にすることはない」

「……くはっ」


 なにを言っているんだこの貴族は。大男の冷や汗が止まらない。


「バズッド! 落ち着きなさい」


 その時、隣のダリルが肩に手をおいて制止した。


「君の息子はまるで怯えた犬だな。キャンキャンとよく吠える。しつけが足りないようだから気をつけてくれたまえ」

「はい……申し訳ありません。ヘーゼン様。確かに、前の領主様の独断で税率を引き下げてくださいました。しかし、それでも納められたのは更に一割ほど低い税のみです。それだけしか、どうしても納められなかったんです。この骨と皮だけの身体をみてください」


 泣きそうな表情をしながら、老人は細い腕を見せる。


 ダリルは交渉には長けていた。その貧相な体型。悲壮感の漂う風貌。決して感情的にならず、ひたすら相手の同情を誘い、なんとか許しを請う話術と間合い。


 それは、領主との交渉ごとでたびたび有利に働き、村の人々の利益へとつながった。同情とは人であれば必ず持っている感情だ。


 大小個人差はあれど、人であれば。


 しかし、それは目の前の人という定義を大きく逸した者には通らなかった。


「嘘をつけ」


 黒髪の領主は鋭い瞳でダリルの方を見つめる。


「そ、そんな嘘なんて……」

「君の身体は、もともと筋肉がつきにくい骨格なのだろう? どれだけ食べても肉がつきにくい。その性質を利用してお人好しな前領主の同情を誘った。人体の構造に詳しい僕を欺こうとは、君は非常にいい度胸をしている」

「……そ、それでもいきなり一割の上昇は無理です」

「なら、なぜ君たちは生きている? 隠し持っているからだろう? 現に君たちは、税率の軽減に味をしめて、前の年よりも少ない量の税しか納めなかったんじゃないか?」

「違います。絶対にそんなことはないです。最低限のパンだけです。他はすべて徴収されています!」


 ダリルはことごとく嘘を吐く。確かにヘーゼンの指摘は的を射ており、納めたのは、毎年納めている税の8割ほどで残りは隠し持っている。気弱で心やさしき領主は、それに対してなにも言えぬことを彼らは知っていた。


 しかし、認めるわけにはいかない。


 ここはなんとか嘘を押し通さなくてはいけない。


「なら、その最低限のパンを差し出せばよかったじゃないか。そうすれば、前の領主が蒸発することもなかったろうに」

「そ、それでは明日食うパンがなくなってしまいます。なにとぞ、そんなご無体な真似は……何卒……」


 涙ながらに頭を下げる老人に。


 ヘーゼンは


 淡々と言い放った。

















 


「ならお菓子ケーキを食べればいいじゃないか?」

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