恐怖
領主のあまりの一言に。
人々の怒号が一斉に木霊する。
「ふざけるな!」「そんなもの絶対に払わないぞ!」「俺たちに死ねってことか!」「そもそも、それが領主の態度か!?」「民が飢え死にしてなにが領主だ!」「死ね」「帰れ!」「この最低領主!」
「……うるさいな」
そう笑い。
ヘーゼンは先端が鋭く尖った銛のような魔杖を投げた。それは、高速で飛翔して、公園の広場に10メートル四方の大穴が空いた。
「がっ……くはぁ……」
「紅蓮。一撃に特化した魔杖だよ。1日1回しか使えない燃費の悪い魔杖だが、小規模の一帯を消し飛ばすことは造作もない」
「わ、私たちの憩いの場が……ううううっ……ううううううううううっ」
ダリルは膝を崩して、涙を流す。
「クク……大した演者だよ君は。同情を誘おうと、そんな演技。だいたい、平日の昼間からいるのは、酒浸りで働かない輩ばかりだろう。怠惰な民に、そんな場など不要。更に……『夜叉累々』」
ヘーゼンは魔杖を地面に刺す。
すると、地中から次々と死者が出現する。その数は、数百にも及ぶ。
瞬間、人々から巻き起こる阿鼻叫喚。大人も子どもも老人も、男も女も関係なく恐怖で叫ぶ。広場の周りを囲んだ動く死体に、人々はなんとか逃げようと中心に集まる。
「な、なんの真似ですか?」
ヤンがひきった顔で尋ねた。
「この前、バーシア女王から貰った5等級の宝珠を使用した魔杖だ。僕の命令ならなんでも聞く忠実な死兵を生み出すことができる。魔力の持たぬ君たち平民の制圧など、僕にとっては造作もない」
「そんなことを言ってるんじゃないんです! 明らかにやり過ぎでしょう!?」
「やり過ぎ? 逃亡防止は、領地運営にとって基本中の基本だ」
「やり方がおかしいって言ってるんです! 逃げずに済むような善政を敷けばいいじゃないですか」
「それは前の領主がやろうとしたんだ。彼らは狡猾にもその好意を踏みにじった。ヤン、弱者は善人ではない。時に強者よりも、狡猾で、どこまでも自分勝手になれる。そして、弱者は弱者のフリをするのが上手い」
「「「「……」」」」
あまりのことにあいた口が塞がらない人々。昨日までの『不幸』が、あっという間に『幸福』に変化した。自分たちが、もはやこの異常領主の意のままだと言う事実に、今更ながらに気づかされた。
「断っておくが、勝手な逃亡は許さないよ。僕の死兵は昼を恐れない。24時間体制で、君たちの逃亡を阻止するし、他のしもべが絶えず君たちを監視している」
闇魔法使いが手をあげると、数万羽の鴉が広場に集まってくる。そして、それらは、禍々しい声で忌まわしい合唱をする。
「い、いつの間にこんなものを」
「これでも秘密保持にはお金を惜しまない性質なんだ。実際、僕のやってることは帝国の法律に抵触する恐れがある。裁判など起こされると揉み消すのに面倒だからね」
「……っ、存在が鬼畜」
ヤンが思わず、頭を抱える。そんな中、もはや、顔をあげているのはシオンという少女とラグ、ダリルのみだった。他の人々は顔を下にして、祈りを捧げたり、泣き暮れたり、絶望したり。ただ、セシルに至っては途中で就寝に入っているようだった。
「……私たちになにをしろと言うのですか?」
その時、震えながらシオンという少女が尋ねる。
「僕は小金貨3枚の税を治めてくれれば文句はないよ。君たちの生活に必要以上に干渉する気もない」
「それは、税率にこだわらず、小金貨3枚ということですか?」
「ああ。その通りだよ」
「……わかりました」
そう言いながら手を下ろす勤勉美少女。
「気に入ったよ。君のその勇敢さはね」
ひとしきりの沈黙の後。
「質問は終わったね。では、ご機嫌よう」
「「「「……」」」」
これから巻き起こる苦難を思い、もはや微動だにすることもできない民衆を前にして、ヘーゼンは颯爽とその場を後にした。
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