ルール


          *


 それから5時間が経過し、ヤンはノックをして部屋に入った。


すー。もう全員揃ってますよ」

「……ほう。あの衛兵にしてはなかなかの手際だ」


 ベッドの上で寝転びながら、ヘーゼンは書籍のページをめくる。積まれている本は、すでに100冊。秒速1ページの速読が標準の魔法使いは、本を読むのをやめないまま器用に身支度を始める。ヤンは半ばその様子に呆れながら話を続ける。


「地元がここみたいで。性格的にも穏やかなので、全員顔見知りなようですよ」

「なるほど。お人好しそうな性格をしてそうだったからな」

「せめて、優しいって言ってあげてください」

「……」


 む、無視かよ、とヤンが心の中でツッコむが、もちろんヘーゼンは気にする訳もない。


          *

 

 一方で、そんなやり取りが行われていたとは知る由もない大広場では、ラグが着々と準備を完了させていた。衛兵である自分がなんでという疑問もなくはないが、そんなことを言い出した途端、『君は無能であるだけじゃなく怠惰でもあるのか』云々言われるに決まっている。


 早いところ、無能のレッテルを取り除きたい生真面目衛兵は、全力を持って最短で人集めに奔走した。


「今度の領主はどんな人かな」「どうせ、ロクでもないに決まってるよ」「前も前の前も同じだもんね」「誰が領主になったって一緒だよ」「貴族なんて所詮は誰でも一緒だよ」「平民のことなんてちっとも考えてくれない。そんな奴に決まっている」「今の空白期間が一番よかったなあ」「そもそもなんで前の領主って蒸発したんだっけ?」


 集まってみたところ、巻き起こる疑問、不満、そして愚痴は湧いて出る。大方の意見は、どうせロクでもない領主であろうという非常に的を得た推測だった。


 しかし、ラグも一応は使命を果たした。あとは、領主さえ来れば自分の仕事は終わりだと、仕事終わりの一杯を想像しながら大広場の隅にしゃがみ込んだ。


           *


 そして、実に5分後。ヘーゼンは颯爽と広場に姿を現した。来させられた人々は、仕事中だった者ばかり。どうしてもと言うから無理矢理中断してやってきたのでストレスも溜まっている。


 そんな彼らの文句を浴びせられた働き者衛兵。『本当にここなのか?』とか『時間を間違えてるんじゃないか?』とか、口ぐち浴びせられる冷ややかな質問に応じる言葉は『すいません』の一言。この広場にいる者の胸中にはイラたちと憎悪の感情が渦巻いている。


 ヘーゼンのバックに夕陽が光っている。これは、為政者が一般的に使う手で、光を背に背負うことで為政者の偉大さを存分に引き立たせるという心理的効果を生む。


 しかし、彼らにはそれを感じられるだけの余裕が無さそうだった。


 見えるのは、待たされた苛立ち。領主に対する不信感。若くして領主になった自分への不安感。光がもたらす微細な心理的効果は、圧倒的不穏にかき消されているように見える。


「仕方ないな」


 ヘーゼンは、小さくため息をついて。


 民に向けての所信表明など、そうそう行われるものではないが、自己陶酔型の領主はたまにやる。『領主は民に仕える者であり、民が潤うような善政を行う』等。民にとって、かなり口に甘いことを言ってぬか喜びさせて、いざフタを開けてみれば、前の領主とあまり変わりのない政治が行われている。


 しかし、この黒髪の貴族は、そうではなかった。


「新任領主のヘーゼン=ハイムだ」


 と答え。


「君たちの中に帝国の法律がわかる者は?」


 と尋ねた。


「「「「……」」」」


 誰も答える者はいない。


「だろうな……だったら、守らなくていい」


 ヘーゼンはすぐさま、そう答えた。


「な、なにを言ってるんですか!?」


 ヤンは、信じられないような表情を向ける。


「なにを? 複雑な帝国の法律を知らない者に守れと言っても、しょうがないだろう。ならば、簡単なことだけを言って、それだけを従ってもらうようにした方が民も生きやすいだろう?」

「それはそうですけど……」


 一風変わった提案に、民たちがザワつきだす。もしかしたら、案外話しやすい領主なのかもしれない。そんな雰囲気が全体に蔓延し始めた時、ヘーゼンは再び口を開く。


「いいかい? 僕が君たちに教えるルールは単純なことだ。このゼルクサン領クラド地区において、僕が絶対の権力者であり、僕がここでの法律だ。僕の命令は絶対だ。異論反論は受けて立つが、叛逆や、反抗は許さない。僕が死ねと言えば死ね。裸踊りでも、窃盗でも強盗でも殺人でもなんでもやれ。僕の指示で奉仕し、僕の指示で生きて、僕の指示で死んでいけ」


「「「「……」」」」





















 人々は思った。


 超とんでもないやつが来た、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る