能力
ラグは耳を疑った。信じられないほど無垢な少女から発せられた信じられない発言。すぐさま、ヘーゼンの方を確認するが、どうやら耳には入っていなかったようでホッと胸を撫でおろす。
「あ、あの……お嬢様」
「ヤンです」
「失礼しました、ヤン様。お言葉ですが、少し慎んだ方がいいのではないでしょうか?」
2人がどのような関係かは知らないが、力関係は確実にヘーゼンの方が上だろう。しかし、ヤンは気にする様子はない。
「純然たる事実ですから」
「じ、事実ってまあまあ言っちゃいけないことあると思いますけど」
「大丈夫です。あの人は、言ったってわからないんですから」
「……っ」
確実に聞こえるような声で、ヤンと言う少女はズケズケと言い放つ。それでも、ヘーゼンという貴族はまったく気にする様子はない。
むしろ、至るところに視線をはわせ、首を上下左右に高速移動させ、足を忙しなく動かして、この城の情報すべてを取得しようとしているような不自然な挙動をしている。
やがて、ヘーゼンはピタッと止まってラグの方を向く。
「……見たところ働いている者がいないようだが」
「え、ええ。ここには、5人も働いてませんから」
前の領主が去った後、他の兵たちもノヴァダイン城から去って行った。今、ここに残っているのはこのクラド地区の出身者たちばかりだ。
「なら、君も必要ないな?」
「えっ?」
「領主もいない。城の中に人もいない。ならば、君が城門前にいる必要はないだろう?」
「……いや、その」
そのあまりにもな正論に思わず口をつむぐラグ。衛兵の仕事を全うしていたと言いたいところだが、実際は城門に立っていただけ。
「見たところ、ここには、守らなければいけない宝物も、なにか芸術的価値のある絵画や彫像など……そうだろう?」
「ええっと……はい、特にそんなものは」
むしろ、財政はほとんどゼロの状態。前の領主が蒸発する前に全て持って行ってしまったので、金庫の中身はすっからかん。
「領主の僕は、すでにカク・ズという専属の衛士がいる。とすると、君の存在意義が今のところ、見当たらないのだが」
「……」
なんとも言いようがないが、無駄、無益、無能と存在価値を否定することを連発されて意気銷沈してしまう。現に、守るべき領主の方が逃げてしまっているのだ。どのような処分を下されても、甘んじて受けるべきなのだろう。
「あの……私は解雇ということでしょうか?」
「いや。まだ、君の適性を見てないからな。剣士としての腕前は後でカク・ズに見てもらうとして。当面は、僕の手足となって動いてくれ」
「は、はい!」
試用期間をくれると言うことで、ラグの心持ちが明るくなる。こちらとしても、職がなくなるのは困る。なんとかして、挽回を図らなくては。
そして、そんな会話が繰り広げられている中、やがて一つの部屋へと辿りつく。
「ここが領主様のお部屋です!」
ポニーテール美少女は、『ババーン!』と効果音をつけながら、扉を開ける。
「……」
ベッド、床、窓など見渡す場所には埃一つない。毎日毎日、丹精込めて手入れされた部屋だ。しかし、領主の部屋にしてはやはりボロいので、そこが心配だった。
以前の領主は、それでセシルに悪態をついて、彼女が泣いていたのが、心苦しかった(本人は2時間後には忘れていたが)。
「気に入って頂けましたか?」
ニコニコしながらセシルが笑顔を見せる。ヘーゼンはグルリと部屋を一周して、満足気な表情を浮かべる。
「ふむ……清潔感は申し分ない。多少部屋がボロいがね。まあ、ここの財政が破綻しているのは、君のせいではないからな。良い仕事をするね」
「エヘヘ……」
酷い悪態をつかれずにホッとする一方で、またしても褒められる執事に、人知れず苛立ちが止まらない。果てしなく無能呼ばわりされたラグにとっては、その不公平感がたっぷりなひいきは結構つらい。
「ラグ君。今から、民を広場に集めてくれ」
「ぜ、全員ですか?」
「ああ」
「……っ」
確かに、人数は少ない。少ないが、それはあくまで他の地区と比べればの話で、総勢500人はいる。
それをたった一人で?
「ラグさん。私も手伝いますよ」
ヤンがニパーっとした天使のような笑顔を浮かべる。なんでいい子なんだろう、とラグは胸を撫でおろす。
「ほ、本当ですか? それは助か――「必要ない。彼一人だけで充分だ。今のところ、他に何もできそうにないしね」
・・・
とにかく、ラグは泣きながら集めた。
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