それから……


 それから。2週間後。正式に異動の辞令が下りた。ヘーゼンの対応としては淡々としたものだった。


「ヤン。帝都に到着したら、これを提出してくれ」

「ふんぬー! そんな書類は馬車で書いて、手伝ってくださいよ!」

「肉体労働はカク・ズの仕事。雑務はヤンの仕事。役割分担だ」

「くっ……なんてイカれた……何ですか、これ?」


 ヤンは受け取った書類を眺めながら尋ねる。


「どちらもモスピッツァ少尉に関しての書類だ。こちらが法務省へ提出する告発状。もう一つが、彼の実家に宛てた手紙。絶縁を促している。どちらも過去の悪事が書かれた日誌があるから、まあ奴隷落ちだろうな」

「お、鬼! 部下に対してあなたって人は」

「辞令が下りたから、もう部下ではない」

「……っ」

「それに、せっかく捕まえたギザール将軍を逃したのだから、本来であれば死刑だ。彼の沙汰は少なくとも奴隷落ちだ。感謝されることはあっても、非難される筋合いはないな」

「あ、あるんですよこれ以上ないくらい」


 とは言いつつも、ヘーゼンの暴挙が自分ごときに止められないとわかっているヤンは、ため息をついて荷造りを再開する。


 そんな中、ノック音がした。入室を促すと、そこには、バズ准尉とエダル一等兵がいた。両者とも血相を変えて息切れをしている。


「はぁ……はぁ……辞令が出たって本当ですか!?」

「ああ。荷物がまとまり次第、この要塞を出発する」

「そんなに急に」

「雇われ将官の宿命だな。ここは、飯も人も肌に合っていた。少々名残惜しいような気もするが」

「……っ」


 ヤンはガビーンとした表情を浮かべるが、対照的に2人は肩を落として下を向く。


「……少尉がいなくなり本当に残念です」

「そう言うお世辞は必要ないよ。僕はどうも人に好かれない性質のようだし」


 そう言うと、ヤンが「単に性格が悪いだけだと思いますけど」とつぶやいているのが聞こえた。


 しかし、バズ准尉は大きく首を振った。


「そんなことはありません。ヘーゼン少尉は最後の最後まで公平な方でした。あなたと接する時は、いつも緊張しましたが、なんというか……心地よい緊張感でした」

「……そうか。そう君が思うのなら、そうなのかもしれないな」


 ヘーゼンはプイッとそっぽを向いて、本を片付け始める。そして、エダル一等兵も続けて話す。


「少尉のお陰で、私は自分の仕事に誇りを持つことができました。あなたが教えてくださったクミン族の言語は、生涯で一番大変でしたが、クミン族との交流の際には誰もが自分を重宝してくれます」

「……教えたのは、ヤンだ。それに、僕は君に勧めはしたが、強制はしていない。君が自ら選択し、努力した結果だよ」

「いえ。私は剣技では自信がありませんでしたが、あなたが私の微々たる長所を引き出してくださったお陰です。本当に感謝しております」

「……まあ、君がそう思いたいなら、そう思うがいい」


 ヘーゼンはエダル一等兵に一瞥もしないまま、荷物を片付け始める。


「ああ、あと1つ。エダル一等兵にお願いがあるのだが聞いてくれるかな?」

「はい、なんでも」

「君は文章をまとめるのが得意だから、この要塞の付近で起こった情報を定期的に送ってくれないか?」

「わかりました」

「……その時、もし、この第8小隊で困ったことが起きて。解決が困難だったら、その旨も書いておくといい」

「は、はい!」

「しかし、僕は解決はしない。問題と言うのは、自分たちで解決するものだ。そして、それが解決できないとしても、それもまた自己責任だ」

「……はい」

「ただ……君が送ってくれる情報の対価として、助言くらいは送ろう」

「は、はい!」


 エダル一等兵は元気よく返事をした。


「さあ、そろそろ僕は本格的に荷造りをしないといけないのでね。そろそろ、いいかい?」

「……あのよろしければ手伝いますが」

「必要ない。そもそも、君たちは訓練中だろう? そんな暇はないはずだが」

「は、はい。申し訳ありません。では……」


 慌てて去ろうとする二人に対して、ヘーゼンはボソッと一言だけつぶやく。


「……3年」

「えっ?」

「3年だ。君たちがこれからも、自己研鑽を続け、それなりの人材になっていたら、君たちを下士官の地位から引き上げてみせる」

「あの……それは、法律上、無理なのでは」

「忘れているかもしれないが、僕は将官だ。法律の1つや2つ、変えてみせるさ」

「はっ……ははっ。そうですね。ヘーゼン少尉ならば。できそうな気がします」


 満面の笑みを浮かべながら二人は去って行った。

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