帰還


 条約の調印も無事に終わり、ヘーゼン一行は要塞へと帰還した。クミン族は、酒好きなので、またしても宴をやろうと誘ってきたが、丁重かつ強引に戻ってきた。


 門前で。ケネック中佐率いる派閥の面々が待ち構えていた。彼らは、ジルバ大佐の存在を確認すると、ニヤケ面を作って駆け足で擦り寄る。


「ジルバ大佐、お帰りなさいませ! 今回の防衛戦では、本当に感服致しました。また、アルゲイド要塞を奪還したクミン族と領地交換を行うという慧眼。そして、大佐が直々に交渉に向かわれるその行動力。もう、素晴らしいの一言で」


 白々しく行われる賛辞の数々。ヘーゼンはため息をついてジルバ大佐にお辞儀をする。


「では、私は失礼いたします」

「う、うむ」


 必死に怯えの感情を隠そうとするジルバを尻目に、ヘーゼンは悠々と自室へと戻る。ヤンはケネック中佐を呆れたように眺め、ため息をつく。


「媚びてましたね」

「まあ、彼らは独断で敵前逃亡した身だからな。本来なら、斬首されても仕方がない。そこは、あの老人の裁量に任せるとするさ」


 ヘーゼンは興味なさげに答える。あとは、公式の場で適度な礼節さえ尽くしておけば、あの老人は思いのままだ。


「ヤン、覚えておきなさい。公衆の面前で相手を貶めてはいけない。人は、大勢を前にした屈辱は一生忘れないものだ。なので、相手をギタギタにする時はくれぐれも気をつけなさい」

「……私は相手をギタギタにしないので、無用の知識ですね。それに、私の記憶が確かなら、シマント少佐のことを、師は公然とギタギタしたと思いますけど」

「ああ。あの時は、史上最大級の屈辱を与えてやろうと意図したものだから、問題ない」

「そ、そんな師の思考が大問題だと思うんですけど」



 ヤンが呆れた顔で答えた時、ロレンツォ大尉と廊下で会った。


「会談はどうだった?」

「まあ、帝国も納得できるような領地交換になっているでしょう」

「そうか……ジルバ大佐は?」

「ケネック中佐から熱烈な歓迎を受けてますよ。まあ、こき使うのは得意な方ですから、せいぜい酷使されて頂きましょうか」

「ははっ……恐らくだが、君によるストレスのせいで、ケネック中佐はかなりひどいことになると思うよ」

「八つ当たりだけは得意そうですからね、あの大佐は」

「そう言うな。昔は勇猛な軍人だったんだ」

「……ああは、なりたくないものですな」


 ヘーゼンはボソリとつぶやく。


「人は誰でも歳を取るものだ」

「そうではありません。楽をすることに慣れること……あれは麻薬のようなものだ。一度でも慣れると抜け出せない。それこそ私が危惧していることです」

「……」

「どうしても選ばなければいけない2つの道があった時。たとえ困難であっても、自分の納得できる道を選んで行きたい。私はそう生きていきたいのです」

「……それができる者はごくわずかなのではないかな?」

「だからこそ、世代交代が必要なのです。地位に妄執し、ひたすら上を目指しているとそんなことすらも忘れてしまう。彼らを見ることで、私はいつもそれを胸に抱いています」

「……」


 しばらく沈黙が続き。ロレンツォ大尉はヘーゼンの瞳を真っ直ぐに見つめ、やがて、表情を綻ばせる。


「……ヘーゼン少尉。君は先日、私の判断なら受け入れると約束したな?」

「はい」

「異動だ。君がいると、私は夜も眠れずに過労死する」

「承ります。1つの土地に留まらないのは将官の宿命ですからね」

「……そして、莫大な功績と史上類をみないほどの軍規違反。これらを鑑みて中尉への格上げを本部に打診しておこう」

「大尉くらいはくれると思いましたが、厳しいですね」

「できれば君には学院に行って道徳心を学び直してもらいたいのだがね」

「よ、よくわかりましたね。確かに、その時間は睡眠に費やしてました」

「……だろうな。まあ、冗談はともかくとして。いずれは、私などは追い越すだろうから、君はもう少し下の立ち位置からものを見た方がいい」

「なるほど……まあ、確かに。勉強させてもらいますよ」

「……相変わらず、どこまで本音か掴めない男だな」

「そうですか? 私は、結構単純ですよ」

「フッ……」


 ロレンツォ大尉は、またしても疲れたような笑みを浮かべた。

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