反省


 ひとしきりバーシアの胸で泣き尽くした後。ヤンは思い出したように、顔を上げる。


「そういえば、女王はいつからすーと通じていたんですか?」


 これは、どうしても聞いておきたかった。ヤンは、ずっとヘーゼンと一緒にいたし、そんな素振りなど一向に感じられなかった。


 負けを認めるのは悔しいが、完膚なきまでの完敗だ。せめて、次からはこのような醜態を犯さず、最終的にはヘーゼンからの逃亡を図りたい。


「通じていた……というのは、語弊があるな。実際、最後にヘーゼンと連絡を取り合ったは2カ月ほど前だったからな」

「に……」


 思わずヤンは絶句する。そんな様子を眺めながら、ヘーゼンはニヤニヤしながらヤンの頭をグリグリする。


「読みが甘いよ、ヤン。最初から、あらゆる選択肢を想定することは基本だ」

「さ、最初ってどの時点ですか?」

「上層部が僕の提案を断ってきた時から」

「……っ」


 それは、開戦よりも遥かに前だ。領地交換をするという提案は、ジルバ大佐たちをハメるためのものとセットだった。目まぐるしく戦況が変わる中で、全ての流れを掌握しなければ、こんな芸当はできない。


「そ、そもそも。なんのためにこんな事を?」

「どうせ領地交換をするなら、効果は最大限に発揮した方がいいと思っただけだ。そして、僕にとっての最大は帝国の最大とはイコールでない」

「……」


 要するに、クミン族にとって有利な交渉にするために、敢えて行なったのだ。


「もちろん、ロレンツォ大尉が交渉に当たれば、その時点で気づいただろう。だが、シマント少佐は規格外の阿呆だからな。そう言う意味では信頼していたよ」

「……なぜ、ジルバ大佐が気づかないと思ったんですか?」

「それは結果論だ。あの時点では、ジルバ大佐の能力は僕にはわからなかった。ハメられれば儲けもの。見破られても、リスクはない」


 クミン族にとって、皇帝の陵墓があるなどと言う情報は、知る必要すらない。だから、彼らが指定したとしても不思議ではない。責任は、それを知らなかった帝国側にあるのだ。


「しかし、ヤン。唯一、君だけが気がかりだった。いや、期待通りと言った方が正しいかな。僕の思考を読み取り、帝国建国史でそれを知ろうとした」

「……私、悔しいです。なんでだか、すごい眠気に襲われて……もしかして……」


 ヤンはジトーっとヘーゼンの方を見る。


「君は警戒心が薄いから、まだまだだな。カク・ズは僕の部下だ。そんな彼の持ってきた料理を、疑いもせずに食べるだなんて」

「や、やっぱり盛ったんですか!?」

「それでも、念には念を入れて、君の記憶を一部消去した。どうやってやったのかは秘密だ」

「……っ、そんなことまで。ズルい!」

「ヤン。僕は君の素質はみとめている。だが、素質とは磨かなくてはなんの意味もない。現時点で、君が僕に勝てる要素はない。力技は立派な手段で君には抗う手段はないのだからね。そして、そもそも、世の中にルールなど存在しない。ズルいと言うのは、負け犬の遠吠えだと知りなさい」

「くっ」


 ヤンの頭をグリグリと抑えながら、ヘーゼンは見下ろす。


「しかし、僕も鬼ではない。君が正々堂々とやるならば、僕も正々堂々とやる気ではいたよ。勝敗のわかりきったゲームはつまらないかね。しかし、君が僕にズルをした」

「ズル?」

「僕の思考を読み取って、答えを他人から求めようとした。それは、一番効率的な方法ではあるが、以降はオススメしない。卑怯な泥棒の末路など、哀れなものだからね。特に、僕から盗もうなんて君は本当にいい度胸をしている」

「怖っ!」


 ニヤッと笑うヘーゼンに、ヤンは思わず両手で我が身を守ろうとする。


「君が自分の力で、この解まで辿りつけたなら、僕はその結果を甘んじて受けるつもりでいたよ。次からは、僕のわからないところで自力で辿り着きなさい」

「つ、次って?」

「課外講習はもう終わりだ。君もよく学んだだろう?」

「……」


 完全な敗北。わかってはいたが、いざ、口に出されると悔しい。


「……すーは、私に何を教えようとしたのですか?」

「人間だよ」

「……」

「世の中には、要職に就いた愚物が最も手に負えないと言うこと。シマント少佐は明らかにその例だな」

「……ジルバ大佐は、私の目にはまともに見えました」

「能力としてはな。しかし、あの男は、周囲に自分が都合のよい人材を置くことで、指揮官としての判断力を失った。だから、今回のことも気づかなかった」

「……」

「恐らく、偉くなって周囲のコントロールが効かなくなることが多くなったのだろう。そこで、自身の意思を尊重する者たちばかりが集まり、疎ましい意見を言うケネック中佐のような者たちは逃げて行った。この要塞を危機に陥れたのは間違いなく彼だ」

「……ジルバ大佐は私には悪い人には見えなかったです」

「ヤン。覚えておきなさい。世の中には、悪人面をした悪人よりも、善人面をした悪人の方が遥かに多いのだと言う事を。むしろ、シマント少佐のようなクズこそが稀なのだ」


 ヘーゼンはジルバ大佐の罪の方が深いと分析する。少なくとも、シマント少佐は一度は戦場に出た。なんだかんだ、最後は自身で交渉に出た。しかし、ジルバ大佐は違う。常に後方から戦況を眺め、傍観者を気取った。


 自身にとって一番効率的な方法は他人にやらせることだ。しかし、それはヘーゼンの最も嫌うやり方だ。


「……」


 ヤンはしばらく黙っていたが、やがて、ベーッと舌を出して女王の後ろに隠れた。

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