翌朝


 翌日。ヘーゼンは二日酔い状態で目を覚ました。あれから、地酒を多く飲まされて、すこぶる気分が悪い。ベッドから起き上がると、まだフラつく。


 酒は思考が鈍るから好まない。


 洗面所に行って顔を洗っていると、突然、バーシア女王が入ってきた。


「おはよう」

「どうされたんですか?」

「いや、飲み足りないと思ってな」

「か、勘弁してください」

「はっはっはっ! 冗談だ。ヤンのもとに行ったら契約書ができたらしいので、呼びに来たんだ」

「そうでしたか。わざわざ、女王に迎えに来させるなどと、ヤンの教育をもっと施さないといけませんな」

「相変わらずヤンに厳しいな。しかし、違うぞ。私が自ら行くと言ったのだ。少し、話しておきたいことがあったのでな」

「なんですか?」

「ヘーゼン。君がこれらの土地を選んだ本当の理由だ」


 バーシア女王が尋ねてきた。交渉の席では、あえて言わなかったのだが、この領地交換は破格だ。あまりにも、クミン族に有利で、帝国にとっての実りは最低限のものにしている。


「……クミン族には、山岳地帯でより力をつけていただきたいのです」

「それは、もちろん」

「違います。今よりも遥かに。可能な限り」

「……なぜだ?」


 バーシア女王が怪訝な表情を浮かべる。


「最短で3年後、あなたたちの力を借りる時が来るかもしれない」

「わかった」

「……理由を聞かなくてよろしいのですか?」

「どうせ言わないのだろう? それに、クミン族は受けた恩は忘れない」

「恩? 私はあなたと、あくまで取引をしたに過ぎません」

「しかし、私たちは飢えの心配をすることはなくなり、豊かな大地を手にすることができた。帝国の脅威は去り、平穏を手にできている」

「……束の間の平穏です」

「悠久の平穏など存在はしない。私たちにできるのは、少しでもそれが続くように進み続けることだけだ」

「……」


 ヘーゼンが彼女の瞳を見つめながら黙っていると、やがてヤンがやってきた。


「あっ、なにやってるんですか!? 私にだけ徹夜させてー」

「できたか?」

「くっ……ねぎらいの一言がないんですけど!」

「そんなことよりも契約書を見せてみろ」


 ヘーゼンはガビーン然としたヤンを完全に無視して、数枚の洋皮紙に目を通す。


「うん。これなら、いいだろう。ヤン、早くジルバ大佐を呼んできてくれ」

「ひ、人使いが荒くないですか?」

「普通だよ」

「異常だから言ってるんですけど!?」

「まあ、人それぞれ」

「ぜ、絶対に違うと思います。それに、ジルバ大佐って、もう抜け殻のような状態なんで、声かけづらいんですよ」

「抜け殻だったら、逆に楽じゃないか。カク・ズにでも指示して引きずってでも連れてこい」

「そう言うところが異常なんですけど!?」


 ヤンが猛然と喰らいつくが、やがて、隣で見ていたバーシア女王が笑い出した。


「はははっ、やはり二人を見ていると面白いな」

「あっ……バーシア女王。そう言えば、帝国語話せたんですね。すっかり、騙されましたよ」

「ああ。まあ、言ってもよかったんだが、帝国側には油断ならない人物もいるかもしれないのでな。まさか、あれほど不快な想いをするのは、流石に予想外だったが」

「す、すいません」

「ヤンが謝ることではない。流石に、ヘーゼンには、文句の一つでも言ってやろうと思っていたが、昨日のことがあってすっかり馬鹿馬鹿しくなったよ」

「た、確かに」


 黒髪の少女がなんとも言えない苦笑いを浮かべると、すかさずヘーゼンが口を挟む。


「ヤン、懐に入り込むのはいいが、それでその人のすべてを知っていると勘違いしてはいけない。バーシア女王はこう見えて百戦錬磨だ。もっともっと人の見る目を磨きなさい」

「……頼みますからすーは黙っててもらえますか」

「君が僕を黙らせるほどの実力をつけたらな」

「うわーん! バーシア女王、お願いだから私を買ってください!」


 ヤンは、朗らかに微笑んでいるバーシアの胸に飛び込んだ。

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