約束
アルゲイド要塞に到着した。そして、ヘーゼンが歩くと、クミン族の面々の誰もが、驚愕の眼差しを浮かべる。
「へ、ヘーゼン」
「おお、コサク。久しぶりだな。女王は?」
「軍令室にいるが……この男は?」
「ああ、この犬か?」
ヘーゼンは雑にシマント少佐の尻を蹴り上げる。
「キャイーン、キャイーン」
「……っ」
「君たちに無礼を働いたと聞いてね。罰として、飼育することにしたんだ」
「……やはり、恐ろしい男だな、お前は。すぐに、女王のもとに案内する」
「頼む」
限りなく苦々しい笑みを浮かべて。コサクは、軍令室へと案内する。
中に入ると、やはり、クミン族の戦士たちは面を喰らった様子を見せた。しかし、ヘーゼンは何事もないように腕を水平にして片膝をつく。
「バーシア女王。お久しぶりです」
「あ、ああ。そして……その、シマント少佐はどうしたのだ?」
「おっと、申し訳ありません。挨拶しろ」
「……っ、ワン!」
シマント少佐は屈辱にうち震えながら吠える。
「えっと……これは、どういう趣向だ?」
「奴隷として持ってきました。あなた方に大変な無礼を働いたとのことで、お詫びとして献上いたします。煮るなり焼くなり、好きにしてください」
「ワン!?」
シマント少佐は愕然とした表情でヘーゼンの方を向く。
「えっ……ど、どういうことですか?こうすれば、少佐待遇は確約してくれるって」
「もちろん。君は『行方不明』になるのだから、地位は少佐のまま変わらないはずだよ」
「……っ、そんな、そんな話あるかぁ!」
シマント少佐が立ち上がって殴りかかってくる。しかし、その拳が届く前に、同行していた護衛士のカク・ズが取り押さえる。
「詭弁! 詭弁詭弁詭弁! そんな言葉遊びでーー」
「そうだよ」
「……は?」
「これは詭弁だよ? 言わば、言葉遊びだ。よくわかったじゃないか」
「そ、それじゃ……」
でも、と。ヘーゼンは爽やかな笑みを浮かべる。
「守るわけないだろう? お前との約束なんか」
「……っ」
「お前と僕がオトモダチか? コンマ数秒考えればわかることだろう」
「がっ……離せぇ! 離せ離せ離せぇ!」
「約束というのは、信頼関係があって初めて成立するものだ。そして、僕とお前にそんなものが毛ほども存在するか? そんなわけないだろう?」
ヘーゼンは虫けらを見るようにもがくシマント少佐を見下ろす。
「と言うわけで、こき使ってくれてかまいません」
「せ、せっかくだが。私たちの部族には奴隷という野蛮な文化はないのでな」
「では、拷問して処刑してもいいですが」
「はっ……どうかお許しください! どうか……どうか……」
シマント少佐は泣きながら懇願する。やがて、バーシア女王が彼を見下ろしながら、部下に向かって指示をする。
「……おい、この『腐った臓物』を牢獄に連れて行け」
「ひっ……どうかお許しを……どうか……どうかああああああっ!」
断末魔の叫び声を残しながら、シマント少佐は連行されて行った。
「ふぅ……これで静かになったな」
「お気に召しませんでしたか?」
「……いや、あの男に受けた屈辱に不快な想いを浮かべていたのは事実だ。しかし、ヘーゼン。君のおかげで、どうでもよくなった。数日間、牢屋で飯を食わせた後、そちらの砦に送り返しておこう」
「そうですか」
「ふふっ、これも君の策略かな?」
「まさか。処分頂けなくてガッカリしております」
「……」
ヤンは、ヘーゼンが心底ガッカリしているように見えて、震えた。
「さて、余興は終わりだ。取引をしよう」
「カリルハユとクモカルナ、加えてソコヒユ、マズユイはどうでしょうか?」
「ほぉ……かなり太っ腹だな」
ヘーゼンが選んだ土地は、いずれも肥沃な山々が連なる地帯だ。
「実はそうでもないのです。今挙げた土地は帝国にとって価値は高くない」
「そんなことを暴露してしまってよいのかな?」
「構いません。あなたのことは信用している」
「私もだ。君のおかげで、だいぶ我が部族も利を得ることができた。よかろう、ヘーゼンの提案を受け入れよう」
「ありがとうございます。ヤン、すぐに契約書を作成しなさい」
「さすがに数日はかかるだろう? それまでは、宴だな」
「……ヤン。徹夜ですべて仕上げなさい。2日かけたら僕の肝臓がもたなくなる」
ヘーゼンは微笑むバーシア女王を見つめながら、ため息をついた。
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