懇願
帝国の要塞へ向かう帰り道。雰囲気としては、もう最悪だった。シマント少佐は、もはや抜け殻。ロレンツォ大尉は、終始、渋い顔。ジルバ大佐はもはや怒る気力も湧かないのか、黙ったまま馬を進める。
「で、どうするのだ?」
「……」
ジルバ大佐がシマント少佐に尋ねる。
「どうするのだと聞いてるのだ!」
「ひっ……へ、ヘーゼン少尉に言って、交渉に向かわせます」
「貴様にできるのか?」
「できます! 必ずやってみせます!」
「信用できないな」
「がっ……」
「なんだ、あの汚い言葉は? 私は貴様の品性を疑ったよ。いや、疑うという言葉では生ぬるい。貴様の品性は穢れている。ドス黒くな!」
「ひっ……ひっ……」
交渉に当たって、使者が無礼な行為をするなど言語道断。それを、目の前の男は、バーシア女王に対し、見事にやってのけたのだ。
「も、申し訳……」
「謝られても、何にもならない。貴様など、金輪際、もう信用することはない」
ジルバ大佐はそう言い捨て、ロレンツォ大尉の方を向いた。
「すまないが、もう君しかおらんのだ。なんとか、ヘーゼン少尉を説得してくれないか?」
「……申し訳ありませんが、私が行ったところで彼は動かないでしょう」
「そんなことはない。君は上官だろう? もっと、自信を持て」
「そ、そうだ! ロレンツォ大尉、貴様がヘーゼン少尉の上官だろう? 上官なら上官らしくーー」
「貴様は何ひとつ口にするな!」
「ひっ……も、申し訳ありませ……ぐ、ぐるじい」
ジルバ大佐は、シマント少佐の首を思いきりしめる。
「なあ、頼むよ。ロレンツォ大尉。もちろん、少佐への昇進は約束する。代わりに一人降格する者がいるのでな」
「そ、そんな……ジルバ大佐、それはまさか……」
「貴様に決まっておるだろうが!」
「ひっ……それだけは、何卒……何卒……なんでもやりますので、それだけは……」
「ふ、ふざけるなよ貴様! こんなことをしでかしておいて、まだ少佐の座に居座れると思ってるのか!?」
「ぐ、ぐるじい……け、頸動脈……ゆっ、指が食い込んで……」
「ちょ……落ち着いてください、ジルバ大佐! 本当に死んでしまいます」
上官を今にも殺害しようとするとする上官の上官を、必死に制止するロレンツォ大尉。
「くっ……貴様にはできすぎた部下に感謝するんだな」
そう言い捨てて、ジルバ大佐はシマント少佐に唾を吐く。
「……話を戻しましょう。先ほども言ったように、ヘーゼン少尉は私の話を聞かないでしょう」
「な、なぜだ?」
「私が便宜を計れば、あなた方が喜ぶからです」
「……っ」
「そう言う男です。まず、敵とみなした者には容赦はしない。そして、敵とみなされたあなた方を意のままにすることができる弱味も握った。果たして、彼が何を考えているのか。それを聞くしか方法がありません」
「それを……君が聞いてはくれないのかね?」
その問いに、ロレンツォ大尉は首を振った。
「ヘーゼン少尉は、そのように楽をしようとすることを許さないでしょう。もはや、首筋にナイフを突きつけられているとでも思った方がいい」
「くっ……もう、いい!」
「ひっぐうっ!」
ジルバ大佐は裏切られたような表情を向けて、シマント少佐を背中思いきり蹴った。
「おい、そこの。早く行け!」
「わ、私ですか?」
「当たり前だ! そもそも、貴様がこんな事態を引き起こしたんだ! せいぜい、ヘーゼン少尉に土下座でもして懇願するんだな」
「ひっ……ふひいいいいいいん」
泣き叫ぶシマント少佐を引きずりながら、ジルバ大佐はヘーゼンの元へと向かう。そして、部屋の前に到着した時、雑にその尻を蹴り上げる。
「早くノックしろ!」
「は、はひぃ……」
言われるがまま、シマント少佐はノックをする。
「聞こえてます。どうぞ」
震えた手でノブを取り、扉を開けると、そこには、まるで皇帝然とした佇まいのヘーゼンがあった。
「何か用ですか?」
「へ、へ、ヘーゼン少尉。なんでもする。だから、すぐにバーシア女王の下に行って領地交換交渉に当たってくれ」
「なんでも?」
「あ、ああ。なんなら、馬の糞などいくらでも食らう」
「嫌ですね」
ヘーゼンは笑顔で首を横に振った。
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