狼狽


 一瞬にして、時が止まった。ヤンはすぐにロレンツォ大尉が狼狽える理由に気づいたが、ジルバ大佐とシマント少佐は、まだわからずにポカンとしている。


「……いったい、なんのことだ?」


 シマント少佐が尋ねる。


「いや、そのまんまの意味です。皇帝の墓の土地を譲り渡すなんて、いったい何を考えてるんですか!?」

「そ、それの何が問題だ!?」

「問題と言うより、確実に極刑ですよ!?」

「きょ……」


 思わずシマント少佐が口をガン開きで、ジルバ大佐を見ると、白髪の老人は事態に気づいたのか、真っ赤な顔が一気に真っ青になる。


 そして、ジルバ大佐はシマント少佐の胸ぐらを掴む。


「き、貴様ーーーーーーーーー! なんでそんな土地を交渉に持ってくるのだ!?」

「ひっ……」


 その時になって、やっと、シマント少佐の酔いが冷めた。


「ジルバ大佐! 本当に方筆で契約したんですか?」

「し、した」


 ロレンツォ大尉は愕然とした。


「もし、これが中央にバレれば確実に一族は取り潰し。領地はすべて没収……どころか、一族……いや、三族の極刑は免れませんよ!?」

「はわ、はわわわわっ!」


 まだ、酔っ払っているのか、それともこれが素なのか、とにかく狼狽えている。シマント少佐はなんとか巻き返しを図ろうと叫び散らす。


「そ、そんな約束反故にすればいいだろうが!?」

「方筆は国際間で取り決められている公式の文書ですよ!? 帝国がそれを一方的に反故にしたら他国からの信頼は失墜します。そんな重大な決断は、それこそ皇帝の承認がなければできるわけがないでしょうが!」


 さすがのロレンツォ大尉も言葉が荒い。それも、そのはずだ。もはや、上官だとか、部下だとかの次元ではない。ほぼ確実に死が訪れるであろう二人に、へりくだる必要なんて一ミリもないのだから。


「ど、ど、ど、どうしよう!?」

「シマント少佐! 貴様のせいだぞ! なんとかしろおおおおおおお!」

「ぐっ……ぐるじい」


 ジルバ大佐は胸ぐらを掴んで締め上げるが、当然、そんなことをしたって仕方がない。


「とにかく! すぐにクミン族の下に急いで領地交換の代替案を提示してくることです。かなり、足下は見られると思いますが」

「そ、そうだな……来い、このクズ部下がぁ!」

「ひ、ひいいいいいいいいん」


 ジルバ大佐はシマント少佐の首を掴んで引きずる。


 2時間後、アルゲイド要塞へ到着した。


「おお、ジルバ大佐。ヤン。それと、以前会ったロレンツォ大尉だな。どうかしたのか?」


 女王のバーシアには、シマント少佐の事は瞳に入らなかったらしい。


「あの……領地の交換ですが、少し手違いがありまして」

「手違い? いや、文書は確認したが不備はなかったぞ?」

「いえ、その。マナタヤの土地と言うのが、間違いでして」

「間違い? いや、間違いはないぞ。私は間違いなくマナタヤを要求した。地図でも位置を細かく確認したじゃないか」

「それが……その、マナタヤ以外の土地で代替をなんとかお願いできないでしょうか?」

「それはできないな」

「……っ」


 キッパリと。


「ガハドルでは?」

「駄目だ」

「で、ではココバでは?」

「話にならない」


 ジルバ大佐は自身の領地を次々とあげるが、ことごとく拒否される。


「お願いします! 今あげた領地を全てお渡ししますから!」

「要らない」

「……っ」


 女王のバーシアは、キッパリとハッキリ断る。


「申し訳ありませ――――――――ん! 何卒! 何卒マナタヤだけはあああああああああああああ!」


 シマント少佐が土下座する。その時、初めてバーシアが興味を示した。


「ああ、君は以前の会合の時に、我々を侮辱した男だな」

「……がっ」


 顎が外れるほどに。


 シマント少佐は驚愕した。


 女王のバーシアが流暢に帝国語を話し始めたからだ。


「な、何か、シマント少佐が失礼を?」

「失礼? そんなレベルじゃない。この男、我々が帝国語を理解できないと思ったのか、次々とクミン族を貶める発言を連発していたのだ」

「き、貴様……本当か!?」

「ぐ……ぐるじい……」


 ジルバ大佐は、もはや、胸ぐらを掴むどころか、直接首を掴んで絞める。


「う……うぞでず……なにがのごがいでずー」


 それでも。


 シマント少佐は証拠がないのをいいことに、ごまかそうとする。


「間違い? 私が嘘を言っていると言うのか? 聞き捨てならないな。おい」


 バーシアがそこには、大きな螺貝のような形の器具を持ってきた。


「ある商人が持ってきてくれたものだ。蓄音器という魔道具らしい。これは便利なもので、話した言葉を溜めて、吐き出すことができる。


 そう言って、青の女王は螺貝に魔力を込める。


『こんな風にな』


 先ほどと全く同じ声が聞こえた瞬間。シマント少佐は全身から汗が吹き出した。顔は真っ青になり、口から泡を拭き始める。


「さて……それで、これがあの時の螺貝だが。二度と私は聞きたくないのだが、これでもシラを切り通すつもりかな?」

「ど、どうなんだ? シマント少佐?」

「……はぎぃ! 誠に、誠に申し訳ありませんでした」

「き、貴様っ」


 ジルバ大佐がシマント少佐の首を思いきり締めているところで、バーシア女王はため息をついて満面の笑みで答えた。

















「ヘーゼン=ハイムを連れてこい。話は、それからだ」

 



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