侮蔑


 ひと通り説明をした後。シマント少佐は、まるで名軍師かのように、顎に生えた髭を撫で伸ばす。


「なるほど。蛮族にも、多少はマシな女がいるか。やはり、トップ層ともなると、違うな。掃き溜めの中にも光るものはあると言うことか」

「……っ、そんな口の聞き方。失礼ですよ!」

「通訳せねばいいだろう? いちいち煩いな」

「くっ……」


 敬意とは言葉から出るものだけではない。そんなこともわからないか。ヤンは心の中で舌打ちをする。


 なぜ、こんなことになってしまうのか。もしかしたら、この少佐には、交渉経験がほぼゼロなんじゃないのだろうか。


 常に、他人にやらせることで、何とか自分の無能を隠してきた。そんな邪推をしてしまうほど、この男はヤバい。


 一方で、女王バーシアは笑顔を崩さずにヤンの方を見る。


「ヤン。この男はなんと言っている?」

「……っ」


 直感的に『伝わっているんじゃないか』と、黒髪の少女は思った。クミン族に帝国の言葉を話せる者はいないのかもしれないが、侮蔑の表現は戦場で口にすることも多い。もしかしたら、断片的にも伝わっているんじゃないだろうか。


 あるいは、あちら側にわかる者がいるのか。しかし、それは可能性が低いように思う。注意深く見ているが、誰かが女王に耳打ちをしている様子はない。

 それに、クミン族の中に他国と交わるだけで死刑になるという掟がある。ヤンも、彼らと密かに交易を行っていたが、それでも彼らが掟を恐れていたことは明確だ。


 とにかく、今は素知らぬ顔で、オブラートに包み込むしかない。


「ええっと……クミン族の中にも頭のキレる者がいるな。やはり、女王となると違うな、と言ってます」

「なるほど。上手い意訳の許容範囲だ。しかし、『蛮族』、『マシな女』、『掃き溜め』というのは、この男の人となりを表現するのに、必須だと思うが?」

「……っ」

「次からは通訳らしく、ニュアンスがわかるよう率直に伝えてくれ。でなければ、ヤンが成人した記念すべき日に、その代償を負うことになる」

「は、はい」


 ヤバい。最悪のパターンだ。他ならぬ女王が帝国の言語を習得していたのだ。この短期間で言語を習得できるのは、予想外だった。


 しかし、考えて見れば、停戦協定を行ってからエダル一等兵はクミン族の言語を完全にマスターしている。


 あちらが同じことができないと言うのは、明らかな油断だった。


「おい、あっちは何と言っている?」

「……通訳に徹しろと」

「ふっ、なかなか話のわかる女だな。この交渉が終わったら、抱いてやらないでもないな」

「はわ、はわわわっ」


 帰りたーい。


 ヤンはすぐにシマント少佐に耳打ちする。


「表現を気をつけてください。女王はこっちの言葉、わかってます」

「そんな訳ないだろう」


 シマント少佐はニッコリとバーシアに笑いかける。


「なあ、淫乱の犬女。貴様らに崇高なる帝国語などわかるはずもない」

「……っ、なんてことを」

「ほらな。こんな言葉を投げかけているのに、笑ったままだ。まったく、面白いものだな」


 終わった。


 ヤンは思わず天を仰ぐ。


 シマント少佐は、言語のわからない者にマウントを取りまくる臆病者の典型……いや、重傷者である。取り巻きのいない、一人の状態で極度に上がってしまっているのか。とにかく、罵詈雑言が止まらない。


 しかし、それでも女王のバーシアは笑顔を崩さない。


「ヤン。いいから、早く済ませてしまおう。その男も早々にこの場を後にしたいに違いない」

「は、はい。シマント少佐。早く本題に入ってくれと」

「焦るな焦るな。発情期の雌犬じゃあるまいし、腰を振るな」

「……っ」


 なんで、こんなヤツが少佐なんだろうと、愕然とした。自分の感覚がおかしいのか。貴族というのは、全員、こんなクズばかりなのか。


「まあ、しかし、あまり時間をかけてこんな犬臭い場所にいても仕方がないな」

「……っ」


 コイツは。侮蔑して話さなければならない縛りのゲームでもしているのだろうか。


「ヤン」

「は、はいっ!」

「これは、通訳しなくてもいいのだが」


 そう前置きをして。


 バーシアは綺麗な顔で、その薄い唇を開く。


「万が一交渉が決裂したら、この『腐った臓物』を形の残らないよう処分するから、そのつもりでいてくれ」

「……っ」


 変わった侮蔑の表現だこと、とヤンは思った。






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