生意気


 女王バーシアは、地図を拡げて赤枠を囲んで説明する。ヤンも、それを一言一句違わずにシマント少佐へと伝える。


「こちらが提示したいのは、5つの地方。コリャオテ、ナセフユ、マナヤタ、ラハカート、ゴルディアだ」

「……」


 シマント少佐は、深刻そうに考えている。不安だ……どうせ、ろくでもなさそうな事を考えていそうだ、とヤンは思う。


「この要塞は、我々が血を流して奪い取った領地。それ故に、今までに奪われた領地以上のものを、要求させてもらう」

「……」

「……」

「……」


          ・・・


 畳みかけるバーシアの言葉に、未だ沈黙を貫いている。すでに、5分ほど経過している。長い。


 と言うか、族長に対して、失礼だ。


 まあ、しかし、ここは難しい問題だから仕方がないかと、ヤンはため息をつく。


 帝国の領土拡大政策は、帝国伝統の根幹政策である。領土を年々少しでも拡大していけば、いつかは大陸統一がなさるだろうと言う、皇帝勅命の大方針が掲げられているせいで、毎年少しでも『領土拡大』というノルマを課せられる。


 もちろん、奪われた領地も引き算されるので、その分、新たな領地を取りに行かなくてはいけない。


 それに、選んだ地方も気になる。コリャオテ、ナセフユはクミン族が支配する土地と地続きであり、支配がしやすい。ここまでが、以前に彼らが支配していた領地。


 そして、後者の3つは、元々の帝国領であり、新しく統治をしたい領地になるが、その選び方に、ヤンは疑問をもつ。


 確かにマナヤタ、ラハカート、ゴルディアは山だが、帝国が支配する平地が間に挟まっている――いわゆる飛び地になっている。


 ミエカスタ、ロカノクエなど、もう少し統治しやすい場所もありそうだが、なぜ敢えてここを選ぼうとするのかがよくわからない。


 ヘーゼンから地理の勉強はさせられておらず、また、ヤンは北カリナ要塞周辺を行動範囲にしていたので、その辺の知識が浅い。


 黒髪の少女は、シマント少佐の方を見た。もしかしたら、この男は、その辺の背景を把握して悩んでいるのだろうか。


 それから、更に5分が経過し。シマント少佐は、ため息をついて答える。


「……話にならんな、そう伝えろ」


 !?


 じゃ、今の考える時間、要らなくない!? とヤンは思った。この男は本当にヘーゼンと真逆だ。言ってることとやっていることが支離滅裂。ついていけない。


 とは言え、通訳の仕事はこなさないと行けないので(すでにバーシアはわかってはいるが)、渋々、ヤンは女王に伝える。


「話にならんな、だそうです」

「なら、この話は終わりだな。遠路はるばるご苦労だった。おい、ヤンがお帰りだ。そこの腐った臓物の処分は外でやれ」


 バーシアは、2人の戦士に指示して、シマント少佐とヤンに退出を促す。二人とも腕を掴まれて、強制的に扉へと向かわされる。


「お、おい離せ! こいつら、一体、何をする気だ!」

「あなたが『話にならない』って言ったせいでしょう!?」

「嘘! 嘘だ、嘘だから。あの女にそう伝えろ!」


 今にも退出させられそうだったヤンがそう伝えると、バーシアはため息をついて二人の部下を下がらせる。


「私はくだらない嘘は嫌いだな。ヤン、そう伝えろ」

「くだらない嘘は嫌いだそうです」

「なっ……クソッ! 野蛮人め。ラハカート、ゴルディアは駄目だ。いくらなんでも3つの地方は取り過ぎだ」

「……では、マナヤタとゴルディアの2つは?」

「まあ、それならば、ジルバ大佐も納得してくださるだろう」


 シマント少佐は納得顔で頷いた。


「では、決まりだな。後日、正式な調印の儀をやるので、ジルバ大佐と共に来てくれ。本日はご苦労だったな」


 バーシア女王はそう言って、席を立つ。


「おい、ヤン。今日の夜は空いているか? と聞け」


 !?


「そ、それ、本当に聞くんですか!?」

「当たり前だ」

「……っ、あの。今日の夜はお暇ですか? だそうです」

「あいにくだが、予定があってな。また、調印式にでも飲もう、と伝えてくれ」


 なんて大人な人なんだろうと、ヤンは感心する。こんな嗚咽しそうな台詞を連発されているにもかかわらず、眉一つ動かさずに笑顔を崩さない。


「予定があるそうです。後日にでも、飲もうと言っています」

「フフ……蛮族の雌犬の分際で。小生意気にも焦らしに来たか」

「……っ」


 ヤンは心の底からシマント少佐の死を願った。

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