会談
翌日、ヤンはシマント少佐、カク・ズの3人でアルゲイド要塞に到着した。周囲を見渡すと、至る所に激戦の後が見える。
恐らく、双方にかなりの死者が出たのだろう。そんな様子を眺めていると、あちらから見知った顔が笑顔で出迎えに来た。
「ヤン、よく来てくれた」
「コサク。久しぶり」
以前、捕虜であったクミン族の若い男と互いにハグをする。
「おい……子どもとは言え、男女が抱き合うなんてはしたない。もしくは、この男は変態か?」
「……彼らの文化でハグは挨拶です」
「ふん。辺境の野蛮人が。はしたない文化をもっているのだな」
「……っ」
ヤンは心の中で舌打ちをした。この男、普段では言わないような罵詈雑言を口にしてきた。言葉が通じないからと言って、自国語でマウントを取る類いのタイプなのだと確信した。
通じないからいいようなものの、空気感でわかるだろうし、聞いていて気分のいいものではない。
コサクに軍令室へと案内されると、そこにはクミン族の精鋭が密集していた。恐らく、帝国側を威圧するためのものだ。
しかし、こちらにはカク・ズがいるので、精神的な気後れはない。そんな中、一番奥に若い女性がいた。一際目を引く美人で、豪奢な装飾が施されている青の冠を被っていた。
青の女王、バーシアである。
「おお、ヤン。よく来てくれたな」
「まずは戦での勝利、おめでとうございます」
ヤンは彼女にひざまずき、腕を水平にした。これが、クミン族の礼の取り方である。
「さっ、シマント少佐。あなたも、同じように――」
!?
「な、何やってるんですか!?」
こともあろうに。デレデレした顔で。鼻の下を伸ばして、ガッツリと青の女王に抱擁をかますシマント少佐。
「ふふっ……ハグは文化なのだろう? 蛮族の風習には適合せねばな」
「族長ですよ!? あれは、対等の地位で交わす挨拶で目上の人には――」
「私はこの要塞の代表者であり、少佐だ。蛮族に対し地位的に不足などない」
「……っ」
とんでもない阿呆だ。ヤンは思わず唖然とした。ジルバ大佐なら、ともかくとして。少佐格がハグなどすると、クミン族を圧倒的に下に見ていることに他ならない。
あっちからしたら、帝国の皇帝が下級貴族にハグされているような物だというのに。
「バギャオェニシロ○×■ぁ$kゥオ! ナッ シロ!(殺せ!)」
「あ、あわわわわっ」
怒っている。副族長のオリベスが意味不明な言葉をまくし立てて、最終的には『殺せ』という言葉が聞いて取れた。
「ナッ シロ!」「ナッ シロ!」「ナッ シロ!」「ナッ シロ!」「ナッ シロ!」「ナッ シロ!」「ナッ シロ!」「ナッ シロ!」「ナッ シロ!」「ナッ シロ!」「ナッ シロ!」「ナッ シロ!」「ナッ シロ!」「ナッ シロ!」「ナッ シロ!」
あっ……死んだと、ヤンは思った。
「囀るな。私は構わない」
「……っ」
バーシアはニッコリとハグで笑顔を返す。副族長や周囲の人間は一瞬にして黙ったが、彼女の背中から尋常じゃないほどの殺気が見て取れる。
早く会談をしなければ、自分の身も危ない。
「おい、小うるさいハエどもがなんと言っていた?」
「……殺せと」
「な、なんだと! なんて、不敬な」
「……っ」
駄目だコイツは、とヤンは思った。クミン族への偏見と他部族の浅はかな知識が、その目をガンガンに曇らせている。
目上には恐縮し、目下には居高気に振る舞う典型的なクズ上司だ。初対面の時は、彼のことがわからずに、ヘーゼンを『なんて酷い人だ』と思ったが、確かにこれは嫌いなタイプだろう。
カク・ズの存在も彼が増長する一因を担っている。彼が一個大隊を退けたことは、エダル一等兵から聞いた。それを生で見ていたシマント少佐は、いざとなれば、それをアテにしようとしていることも見て取れる。
「それで? ヤン、話とは?」
痛いほどの沈黙の中、女王のバーシアが話を切り出す。ここで、会談を打ち切りるのは双方にとってよくない。そんな大らかな判断をしてくれた彼女に、ヤンは感謝の念を抱く。
「は、はい。実は帝国とクミン族の間で領地の交換ができないかと思いまして」
「なるほど。まあ、そうなるだろうな」
「予期していたんですか?」
「この要塞は山で暮らす我々には必要ないからな。私たちには無用なものだ。しかし、帝国に対しては喉から手が出るほど欲しいものだろう? 言っておくが、安売する気はないぞ?」
「わかってます」
「おい! キチンと通訳をしろ! 勝手に話を進めるな」
「……はい」
凄く不安ながら、ヤンはシマント少佐に説明をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます