糞
「え?」
シマント少佐が聞き返した。
「え?」
ヤンも聞き返した。
「まったく……理解力もないし、耳も悪いんですね、シマント少佐は。ヤン、君はそう言う演技はしなくてもいい。僕が言わんとしていることを、君は理解しているだろう?」
そんなひどく失礼なことを言われた黒髪の少女は、思わず数足後ずさりする。
「り、理解しているというか、理解した上で理解できないというか。もしかして、
「ん? そうだが」
「……なにバカなこと言ってるんですか―――!」
部屋中にヤンの声が響き渡る。
「バカもなにも」
「か、軽く受け流さないでくださいよ! なんで、そんなことさせるんですか? 可愛そうじゃないですか!?」
「可愛そう? なにを言っているのか、まったく理解できないな。そういう行為を僕にさせようとしていたのは、他ならぬシマント少佐だよ? 彼は狡猾にも、人の弱みを握った瞬間に、その屈辱的な行為を僕にやらせようとした。それは、許せることじゃない」
「いいじゃないですか、別に。どうせ、
「結果が問題じゃない。僕の流儀はやられる前に、やり返す。相手がしてきた行為に対して報復していたんじゃ間に合わない。だから、相手がやる前に報復をする」
「そ、それは一方的な蹂躙じゃないですか!?」
「悪意のない者に対してそんなことをすればな。シマント少佐の悪意を僕は明確に感じているから、徹底的にやり返す。僕は、向けられた刃には容赦はしない」
「ひっ……」
異常者過ぎる。シマント少佐は心の底から震えた。さっきから、なにを言っているのかが、まったく理解できない。
部下の部下の部下であるこの男に対し、上官の上官の上官の自分が、土下座させられ、足蹴にされ、果ては馬の糞を食らわされなくてはいけないのか。
「別に嫌ならいいんですよ? いや、むしろ時間の無駄だから一刻も早く退出して頂きたいんですがね」
「……っ」
ニッコリ。シマント少佐は靴に口が当たりながらも、悪魔のような笑顔を浮かべているヘーゼンを見つめる。
もちろん、馬の糞なんて、絶対に食べたくはない。なぜなら、自分が最も屈辱的な行為だと思い浮かべて出た台詞が、あの時だったから。
だが。
これを食べなければ少佐から降格。食べれば大佐。食べなければ降格。食べれば大佐。ぐるぐるぐるぐる。シマント少佐の頭の中で、まるで回転木馬のように2つの選択肢が回り出す。
やがて、シマント少佐は大きく息を吐きながら答えた。
「……食べれば、力を貸してくれると言うのだな?」
「ええ。もちろんです。そこまでの恥辱を受け入れるのならば、あなたの覚悟に免じて」
「……わかっ――「ふんぬーっ! いい加減にしてくださいよ! 子どもじゃないんですから! もう、我慢できない!」
その時、ヤンは激しく怒りながらシマント少佐の顔にあった足を払い飛ばす。
「私、クミン族の通訳やります! 馬の糞を食べるなんて屈辱的なこと、絶対にやる必要はないです!」
「えっ……君も話せるのか?」
シマント少佐は信じられない表情でヤンの方を見る。こんな6歳にも満たないような子どもが。だが、信じたかった。いや、信じさせて欲しかった。
本当は、馬の糞なんて、食べたくない。
「た、頼む! ヤンとやら。私の通訳を――「そんなもの僕が許可するはずはないだろう」
!?
「ヘ……ヘーゼン=ハイムぅ―――――――!」
シマント少佐は、我を忘れて襲いかかろうとした。しかし、その瞬間、突然重さを感じて地面へとへたり込む。
「が、がはぁ!?」
「申し訳ないですね。糞が落ちてたもので」
ヘーゼンは、地面にめり込んだシマント少佐を見下ろしながらつぶやいた。そこは、彼の自室だったので、もちろんそんなものは落ちてるはずもないが、その視線はただ、一点。シマント少佐を射貫いていた。
いつのまにか、糞認定されていた。
「
重力を操るこの魔杖は、先日の戦争でニデル騎団長を葬った魔杖である。ヤンが驚愕の表情をヘーゼンに向ける。
「正当防衛だよ。安心しろ。そんなに力は込めていない。ただ、僕は糞があったら地面に同化させて、分解を促進させることにしてるんだ。その方が、早めに肥料になって植物がよく育つ。その方が世の中のためになる」
「なんて酷いことするんですか! だ、大丈夫ですか?」
ヤンが必死に起こそうとするが、これ以上ないくらい地面にめり込んでいて、一向に動かない。
「だ、駄目だ。カク・ズさん! ちょっと来てー!」
「ね、寝てないぞ俺は!」
そう言って、病み上がりのカク・ズが入って来た。
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