ダメ


 そして、更に半日後。シマント少佐はヘーゼンの部屋あたりをウロウロしていた。あの役立たず(ロレンツォ大尉)を5時間ほど説教して焚きつけてはみたが、全然動こうとしないので、満を持して自分が出て行かざるを得なくなった。


 上官が部下に指示するだけ。当たり前のことだ。完全不可逆的に当たり前のこと。ましてや、奴は部下の部下の部下。そう何度も何度も自分に言い聞かせる。


「フフ……そうだよ。ロレンツォ大尉のクソめ。貴様はナメられているから、こんなこともできないのだ」


 ボソッと小さな小さな声でつぶやき、震える手でノックをした。


「ヘーゼン少尉。私だ、シマント少佐だ。入るぞ」

「どうぞ」


 扉をあけて部屋に入ると、ヘーゼンと一人の子どもがいた。なんで、この要塞に子どもがいるのか。疑問に思わなくもなかったが、こちとら、それどころではない。憎たらしいことに、ヘーゼンは本を読みながら、こちらの方に椅子を向ける。


「それで? なんの用ですか?」

「……っ」


 なんたる態度。配属されて2ヶ月あまりの少尉が、20年以上、この要塞で務めあげてきた少佐の自分に対し、礼どころか立ちもしない。


 しかし、湧き起こる怒りと憎悪を何とか抑えながら、深く深ーく深呼吸をする。


「ヘーゼン少尉。貴様に命令だ。私に同行して、クミン族との協定に臨め」

「お断りします」


 !?


「こ、断るだと?」

「はい」

「上官命令だぞ」

「嫌ですね」

「くっ……上意下達の原則も知らないのか、貴様はあああああ!」

「どうせ、守らなくても極刑でしょう?」


 !?


「そ、そんなことはない。キチンと仕事をこなしたら便宜を図ってやらないでもない」

「シマント少佐にそんな権限あるとは思えませんね。ジルバ大佐の金魚の糞でしょ、あなた」

「くっ……ふざけるなよ」

「ふざけてなどいませんよ。最初から信用もしてませんし。どうせ、利用するだけ利用して、この会談が成功したら斬り捨てる気でしょ? そんなのに手を貸すなんて、まっぴらごめんだ」

「……っ」


 図星。圧倒的、図星だった。こちらの意図をすべて見透かされている。


「それに、私は馬の糞なんて、食べたくはありませんからね」


 !?


「ろ、ロレンツォ大尉か……あの裏切り者がぁ!」

「あなたじゃないんですから。あの人は、粘り強く交渉してきて、正直手強かったですよ。限りなく少ないあなたの長所と帝国へのメリットを絞り出して」

「それなら……どうして」

「軍令室の壁は防音にするべきですね。あなたの不快な笑い声は聞くに堪えない」

「くっ……聞いてたのか」


 もはや、完全に敵認定されていることに、シマント少佐は絶望を覚える。なんとかしなければ……なんとかしなければ……何度も何度もその言葉を脳内で連呼する。


 次の瞬間、シマント少佐はガバッと地面に膝と頭と手のひらをつけた。


 土下座である。


「頼む! この通りだ! 帝国の将来のためになんとか。君に働いた無礼は謝罪する」

「……はぁ」


 ヘーゼンは大きくため息をういて、本を閉じた。そして、シマント少佐の方まで近づいて笑顔を浮かべる。


「顔をあげてください」

「ヘーゼン少佐……がっ」


 次の瞬間、その顔面にはヘーゼンの足裏がフィットした。


「謝って済むんなら帝国将官は要らないんですよ。あなたの気に障る言葉のせいで、私の将来ビジョンが大きく崩れたんだ。どう責任を取ってくれると言うんですか?」

「ぐぐっ……本当にすまない。申し訳ない。私がジルバ大佐に直訴して不敬罪は揉み消してもらうようにするから! 絶対にするから!」

「あんたの言葉なんて信用できませんよ。キチンと契約魔法を結んでもらわないと、とてもじゃないですが無理ですね」

「そ、それは……」

「ほら、嘘でしょ? 口先だけで謝っておいて、安心したところを背中から刺す。あんたみたいなタイプの上官が、まさか2人いるとは思わなかった」

「す、する! するから! 契約魔法を結ぶ。それでいいか? 他にも私にできることがあれば、なんでもする。金か? 昇進か? 可能な限り便宜を図ろう」

「……なんでも?」


 その時、ヘーゼンの言葉がピタリと止まった。


「あ、ああ。なんでもだ! 大金貨か? 大尉への2階級特進か? なんでも言え」

「そうですか……それなら。ヤン」


 ヘーゼンは隣で唖然と状況を見守っている少女に声をかけた。


「な、なんですか?」





















「馬の糞をもってきてくれ」

 





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