困惑


 シマント少佐は、しばらくその場に立ち尽くしていた。誰もいなくなってしまった。すでに、大尉たちは戦死していて、残る中尉たちがいないとなると、後は小隊を指揮している少尉しかいない……


「うっうわあああああああああっ!」


 思わず頭を抱えて叫ぶ。どうして、こうなった? いったい、なんで、どうして。

 残っているのは、ケネック中佐派閥のところにしかいない。だが、頼れる訳はない。


 彼らは、ジルバ大佐の対立派閥であり、独断この要塞から逃亡した戦犯だ。せっかく、彼らの弱みを握ったのに、この件で頼れば借りを作ることになってしまう。


 そんなことは、ジルバ大佐が許さないだろう。


「えっ……じゃ、どうすんのこれ?」


 独り言が止まらない。言ってないと、どうにかなりそうだった。


 残った選択肢は1つ。ヘーゼン中尉に指示をして、クミン族との会談を成功させること。


「そんなことあり得ないだろう!?」


 あれだけ大見得を切っておいて、今さらそんなこと。ジルバ大佐だって大層呆れるに違いない。そうなれば、大佐への特進など見送られるに決まっている。


「……くはぁ! うおえええええっ」


 ストレスのあまり、胃液が逆流する。すべての中尉がボイコットしたことも、当然責められるに決まっている。管理者不適格の烙印を押されても不思議ではない。


「はわわっ……そうなれば中佐昇格も危ういではないか! 危ういではな・い・か!」


 ひとしきり叫ぶ。精神こころを落ち着かせるために、声を出しておかないと、胃からすべてのものが逆流してしまいそうだった。


「なんとかしなきゃ……なんとかしなきゃ……」


 爪を割れんばかりにガジガジと噛みながら、シマント少佐はつぶやく。


  クズ中尉共も。ケネック中佐の派閥の者も。少尉? いや、駄目だ。配属されて数年あまりの将官にやれる仕事ではない。


「クソッ。ロレンツォ大尉め……あの使えないゴミが。こんな時に一人だけ謹慎なんて! ん……ロレンツォ大尉……ロレンツォ大尉!?」


 自分で言っておいて、自分の言葉を何度も連呼する。


「ははっ! そうだ、なんで気づかなかったんだろう! あいつにやらせればいい」


 シマント少佐は狂喜乱舞する。一人、大尉格が残っていた。しかも、直属の上官が。すべて、あいつの監督不届きなんだから、すべてあいつに責任を取らせればいい。


 彼は、すぐさま部屋のドアを開け、ロレンツォ大尉の部屋まで全力で走った。そして、部屋のドアをガンガンと叩いて叫ぶ。


「おい! おいおいおいおいおい! いるのか? いたら、返事をしろ!」

「ど、どうしたんですか!?」


 驚いた表情を浮かべながら、ロレンツォ大尉が出てきた。


「どうしたもこうしたも……くっ」


 思わず怒鳴り散らしそうになって、慌ててシマント少佐は口をつぐんだ。もし、他の中尉みたいにロレンツォ大尉にもボイコットされたら、正真正銘に打つ手がなくなる。


「ロレンツォ大尉ぃ。あのぉ、元気かなぁと思って。ほら、私は上官だし、心配でぇ」


 シマント少佐は、殊更にヌメ甘ったるい声を出す。


「ま、まあ謹慎なんで元気と言うべきかはわかりませんが、身体は健康そのものです」

「それならよかったぁ。いやぁ、落ち込んでるんじゃないかと思って心配だったんだぁ」

「……ありがとうございます」

「それでぇ……あのぉ、君に一つ提案があるんだぁ」

「何でしょう?」

「私の言うことを聞いてくれるならぁ、君の謹慎を解いてやってもいいよぉ」

「……いえ、結構です」


 !?


「うおおおおおおおおいっ!? なんで!? なんでなんだ!?」


 シマント少佐は、即座にドアを閉めようとしたロレンツォ大尉を、必死に引き止める。


「私は謹慎を命じられ、私はそれを文句なく受け入れております。だから、せっかくのご好意ですが、お断りさせて頂きます」

「な、なんでだぁ!? ロレンツォ大尉。私はねぇ、ジルバ大佐は誤解していると思うんだよぉ。君は帝国のために良かれと思って行動を起こした。それは、小さなボタンの掛け違いであったと思うんだぁ」

「……なら、なんで交換条件なんでしょうか?」

「それは……その……ほら、あれだよ。困った時は、お互い様ってやつだろ?」

「申し訳ありませんが、私は謹慎中ですので。ご自身で解決して頂ければと思います」

「た、頼む! そこをなんとか!?」


 シマント少佐は譲るわけにはいかなかった。これまで、立身出世のため、粉骨砕身で頑張ってきた。下げたくない頭を下げ続けてきた。それなのに、あんな小石(ヘーゼン中尉)などにつまづいて、出世を止めてしまう訳にはいかない。


「……はぁ」


 ロレンツォ大尉は大きくため息をついた。

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