とにかく


 瞬間、心の中で『やったぁ』とガッツポーズをする。このお人好しのバカは、人の精一杯の懇願を断れない。そんなどうしようもない、お人好しなバカだからとほくそ笑む。


「しかし、まずはジルバ大佐に謹慎を解除してもらわないと、何ともなりません」

「……それは、ロレンツォ大尉が『どうしても』と言うことにしては駄目だろうか?」

「だ、駄目に決まってます。さすがに私はそこまでお人好しじゃありません」

「くっ……」


 使えない男だと、シマント少佐は心の中で毒を吐く。上官の言うことは絶対だと教わってきた自分とは違い、下のヤツらは平然と上官に楯突く。


 まったく、イマドキの者は、とシマント少佐は思った。


「わかった。それは、後でやっておく。心配するな、必ず謹慎を解いてやるからな」

「……心配なのは、謹慎を解いてくれるかどうかではなく、キチンとジルバ大佐に話してくれるのかと言うことですが」

「するって言ってるだろ! 上官の言葉を疑うのか!?」

「どちらにしろ、ジルバ大佐から正式な辞令を受けるまでは動けません。軍規ですので」

「くっ……」


 頭の硬い男だと、シマント少佐は心の中で毒を吐く。よく考えることもせずに、すぐに『駄目だ』、『無理だ』と白旗をあげる。要するに困難に食らいつく気概がないのだ。そんなことで出世などできようはずがない。


 まったく、イマドキの者は、とシマント少佐は思った。


「しかし、用件だけは先に伝えてもらえませんか? せっかく、謹慎を解いてもらっても、実際にお役に立たないのであれば仕方がありませんし」

「そ、それは」


 シマント少佐は渋々説明を始めた。ロレンツォ大尉は、それを黙って聞いていたが、話し終わると、深い深いため息をついた。


「……なるほど、私ではお役に立てそうにありませんね」


 !?


「おおおおい! おおおおおおおい! 話が違う! は・な・し・が・ち・が・う!」


 ドアを閉めようとするロレンツォ大尉を、シマント少佐は必死に引き止める。


「は、離してください。ヘーゼン中尉抜きで、交渉なんてできるわけないです」

「できる! 成せば成る!」

「どうやってやるんですか? 通訳のエダル一等兵も商人のナンダルも数ヶ月は身動きが取れないんですよね? だったらヘーゼン中尉に頼るしか方法がなくないですか?」

「……それは」


 シマント少佐は歯を食いしばる。お前の部下のせいで、こんなことになっているのに。なぜ、そんなに他人事でいられるのか。その神経が信じられない。そして、こともあろうに上官に考えさせようなど、最近の若者の考えが、もうよくわからなくなってきた。


「ろ、ロレンツォ大尉から、あの男に指示すれば、私があの男を頼ったことにならない」

「……さすがに、それは、思い浮かばなかったです」

「そうだろ! これが上官の力だよ」

「はぁ……」


 そう胸を張ると、ロレンツォ大尉が深くため息をついた。


「しかし、万が一、ヘーゼン中尉が通訳を引き受けたとしても、実際に彼が通訳するのですから、その時にジルバ大佐は知ることになるだろうと思いますけど」

「……そこは、考えないといけないな。事前にリハーサルをやって台詞を暗唱するとか」

「はぁ……青の女王に台本を読ませる気ですか?」


 さっきから、このロレンツォ大尉は、こちらを見ながらため息ばかりついてくる。なんて失礼な部下なんだと、シマント少佐は心の中で思う。


「ジルバ大佐は北方カリナ地区の長だぞ! 段取りを組むなど、基本中の基本だろ!」

「それはそうですが『ここでこう言ってください』とか、族長に向かって礼を失します」

「我々は帝国だぞ!? 蛮族の犬どもと、どれだけの戦力差があると思ってるんだ!」

「それはあくまで、こちらが優位な交渉カードを持っている場合でしょう? 主導権は完全に握られているのだから、むしろ、こちらが下手に出なければ交渉は成り立ちません」

「くっ……」


 役立たずなくせに、正論めいたことだけは言うなこいつは、とシマント少佐は思う。


「とにかく、なんとかジルバ大佐には許可を頂くから、ヘーゼン中尉には、しっかりと指示をしてくれよ」

「ちょっと……そんなの無理――」


 有無を言わす前にドアを閉め、肩を落としながら、ジルバ大佐の部屋へと向かった。

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