命令


          *


 翌日、シマント少佐は、第3大第所属のコザルト中尉を自室に呼び出した。戦の戦で大尉格が全員戦死したので、現状は彼が大尉格の業務を実施している。


 シマント少佐は爽やかに、馴れ馴れし気に、彼の肩を叩く。


「おお、よく来てくれたな。君には、クミン族との協議を取り仕切ってもらいたい」

「……は?」

「聞こえなかったのか?」

「い、いえ。ただ、少し内容が」

「まあ、大尉格の仕事だから無理はないが。今は人材が不足してので、頑張ってくれ」

「し、しかし。その、クミン族との交流はヘーゼン中尉が全面的に取り仕切って――」

「あの男の名を口にするなぁ!」


 シマント少佐は卓上に、手を叩きつけて激昂する。


「ひっ……申し訳ありません」

「いいか? あの男は堂々と皇帝陛下に不敬発言をしたのだぞ? 極刑と決まった者に、いつまでも重要業務を任せてはおれない」

「な、なるほど」

「とにかく、3日後だ。それまでに蛮族の犬どもと交渉できるよう段取りを進めてくれ」

「みっ……」

「なんか言ったか?」

「……いえ。わかりました」


 コザルト中尉は、自信なさ気に部屋を出て行く。


「まったく。なんだ、こんな簡単なことで」


 なにも戦をする訳ではないのだ。会合を一つ持つだけで、どいつもこいつも大袈裟なものだと、シマント少佐はため息をつく。


 しかし、その翌日。コザルト中尉は、申し訳なさそうにやって来た。


「あの、申し訳ないんですが、私にはできそうにないです」

「……あ?」


 シマント少佐は猛烈に顔を近づけて凄む。


「ひっ……第2大隊第4中隊所属のエダル一等兵に通訳を依頼しようとしましたが――」

「貴様! それはあの男の部下ではないか!?」

「し、しかし。通訳がいなければ交渉ができません」

「ちっ……それで?」

「エダル一等兵は、ディオルド公国の密偵業務で、帰還が1ヶ月後になるそうです」

「はぁ!?」

「あの……なので、現実的な案としてはヘーゼン中尉に頼むしかないかと思われます」

「ふ、ふざけるな! すぐに呼び戻せと伝えろ!」

「そ、それが……戻ってくるのは最短で指示しても2ヶ月ほどになるそうです」

「ふざけるな!?」

「ひっ……し、しかし、エダル一等兵の密偵先はディオルド公国の首都マキャニアです。潜伏していて居場所もわかりませんし、それぐらいはどう考えてもかかると思います」

「なら、代替案を出せ! 少しは自分の脳みそを、使って考えろ!」

「わ、わかりました」


 ゴザルド中尉は、スゴスゴと退出する。


「クソッたれ! 無能が!」


 シマントはそう吐き捨て、椅子を蹴る。


 そして、さらに翌日。ゴザルド中尉がまたしてもやってきた。


「どうだ? 会談は明日だぞ? もちろん、いい報告なんだろうな?」

「あの、それが……クミン族と商売をしているナンダルという男に、通訳を依頼しようと考えたのですが――」

「端的に結果だけ言え!」

「無理でした! 申し訳ありません!」


 ゴザルド中尉は、泣き出しそうな表情で深々と頭を下げる。


「なんでだ!? どうしてだ!? なぜなんだ!?」

「その……彼も、今は帝国東部のサルガハ地方にいるそうで、3ヶ月はかかると――」

「くっ……貴様はできない理由ばかりを並び立てて……できる方法を考えろ!」

「……申し訳ありません。いろいろ考えはしたのですが、ヘーゼン中尉にやらせるのが一番かと思います。私では手に負えません」

「もういい! あの男以外の、すべての中尉格をここに連れてこい!」

「は、はい!」


 2時間後、すべての中尉格がこの場に揃った。


「誰でもいい。いいか、明日まで! 明日までにクミン族との会談をセッティングしろ! もちろん、あの男の……ヘーゼン中尉の力を借りずにだ! いいか、これは歴史的な会談だ! 成功すれば即大尉まで取り立ててやる!」

「……」

「返事は!? わかった・の・か!?」

「は、はい」


 全員が力なさそうに返事をする。


 そして、翌日。


「それで! 段取りはできているんだろうな!?」

「……」

「あ? 貴様ら、ガン首揃ってそんなこともできないのか? この要塞は無能の集まりか!? なんとか言え!」

「……」


 全員が沈黙を貫く。


「明日まで! 明日まで猶予をやる! いいか、絶対だ! なにがなんでもやれ!」

「……無理です」


 ラバーノン中尉がぽそっとつぶやいた。



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