謹慎(1)


「ヘーゼン=ハイム少尉……貴様は不敬罪の嫌疑で謹慎とする!」


 翌日。酒の匂いが未だ残る白髪の老人は、勝ち誇ったように、威厳を持って言い放つ。


「かしこまりました」


 黒髪の青年は、表情を一切変えることなく返事をした。


「クククク……バカが事態がまったく把握できていないらしいな? 不敬罪は例外なく三族死刑だ。謹慎は、あくまで中央から指示がくるまでの間だ」

「……」


 腐っても法治国家である帝国では、中央の行政を取り仕切る天空宮殿の法務省に連絡し、判決を待つという事務手続きがある。


「まあ、嫌疑と言っても100%中の100%有罪がな。なんせ、他ならぬ、私が聞いたからな。貴様の上官である、わ・た・し・が!」


 シマント少佐は嬉しそうに近き、大きな声を張り上げる。


「……」


 沈黙を貫くヘーゼンに、シマント少佐は挑発的に顔を近づけ、ヌメったるい声で囁く。


「んー? どうしても、許して欲しいなら、馬の糞でも食えば許してやるぞ? バクバクっと、わ・れ・わ・れの目の前で」

「……」


 ヘーゼンは、一瞬、歪んだ表情を浮かべる。


「んー? なんだ? 怒ったー? もしかして、オコなのー?」

「いえ」


 ヘーゼンが首を横に振ると、シマント少佐は、更に顔を近づけて尋ねる。


「んー? だったら、なにー? もしかして、もしかして、もしかしてだけど、なにか、お願いしたいことがあるのかなー?」

「1つだけあります」

「……っはぁあん」


 その答えに、シマント少佐はニチャと悶絶笑みを浮かべる。やっと、この男は理解したようだ。果てなきバカが故に、一時の気の迷いで上官に及んだ異次元的愚行。その報いを、今、これから、未来永劫受ける時が来たのだ。


 簡単には殺さない。土下座させて、犬のようにワンワン吠えさせ、引きずり回し、靴をレロレロ舐めさせ、馬の糞をバクバクと喰わせながら命乞いさせてやる。


 シマント少佐は、さらに、さらに、顔を近づけてヌメったるい声で尋ねる。


「んー? なんだなんだー? 言ってみろー? もしかしたら、万が一、億が一、兆が一、聞いてやらなくもないぞー?」

「息が臭いので、少し離れてお話し頂けると助かります」

「……っ」


 シマント中佐は顔を真っ赤にして、ジルバ大佐の方へと振り返る。


「この男には、まったく反省した様子が見られません。情状酌量の余地なしかと!」

「はぁ……残念ながら、そのようだな」


 白髪の老人は、まったく残念そうじゃないため息を漏らす。


「お話がそれだけでしたら、失礼いたします」


 ヘーゼンは、軽くお辞儀をして颯爽と軍令室を後にした。


「まったく。無知というのは、本当に恐ろしいものだな。ことの重大さをまったく理解していない。だが、いつまで強がっていられるか」

「……うはぁん! まったく、待ち遠しい。本当に、こんなに心躍り、待ち焦がれる瞬間も、なかなかありませんなぁ!」

「フ……フフフ……」

「ククク……クククククク……」


 ジルバ大佐とシマント少佐は、互いに顔を見合わせて笑った。


 その時、ノック音がした。


「ロレンツォ大尉です。入っても?」

「おお、来てくれたか」


 ジルバ大佐は上機嫌に彼を向かい入れる。いろいろあったが、この部下の進言を聞き入れたことで、危機を脱することができた。だが、上官に逆らったことには変わりない。


「いや、本来なら降格してもおかしくないのだが、今回の戦功に免じて不問にしよう」


 ジルバ大佐は満面の笑顔で肩を叩く。


「……はい、ありがとうございます」

「でだ。ミ・シル伯はいつ頃来られそうだ? ディオルド公国の豚どもに手痛い打撃を喰らわせてやったのだ。その勢いのままに、要塞を攻略してやらんとな」

「いえ。その必要はないと思います」

「は? どう言うことだ?」
























「すでに、要塞はクミン族によって攻略されております」

「……っ」



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