一息
*
要塞防衛戦終結後の翌日。兵たちが勝利の美酒に酔いしれている中、軍務室には、ゲドル大佐とシマント少佐がいた。
「……『皇帝陛下を連れて来い』……ヘーゼン少尉は、確かにそう言ったのか?」
「は、はい。間違いなく」
「フ……フフフ……フフフフフフフフハハハハハハハッ! ハハハハハハハハハッ!」
「じ、ジルバ大佐。笑い事ではありません」
シマント少佐は憤った様子で、机を叩く。
「私はこの時ほど我が身を呪ったことはありません。皇帝の御身に捧げて生きてきて、これほどの屈辱を味わうことになったとは」
「ああ、すまない。シマント少佐を笑った訳ではない。もちろんあの不敬者にだ」
「……しかし、私もあの時に黙認してしまった事実があります」
「なにを言っているんだ。ヘーゼン少尉の言葉遊びなんて通用する訳がないだろう。そして、君は不可抗力で、逆らいようがなかった。そうだな?」
「も、もちろんです」
「だったら、問題ない。あの男が不敬罪を犯したのは、事実だ。どんな功績を挙げたとしても、待っているのは極刑だ」
「そ、そうですか! いや、絶対そうですよね」
シマント少佐は心の底から安心した。
「まさか、あの男がこんなくだらない失態を犯すとは思っていなかったよ。しかも、我々に最良の結果をもたらした後にだ」
「は、はい!」
この戦で、敵前逃亡したケネック中佐の派閥は、撤退抗戦したジルバ大佐に一生頭が上がらないだろう。
なんせ、彼らはこの要塞の長であるジルバ大佐を見限って、独断で撤退したのだから。後からこちらが撤退するという算段があったのだろうが、とんだ計算違いだろう。
そして後は、生かすも殺すも、ジルバ大佐とシマント少佐の裁量次第になる。
もう戦勝報告が彼らに届いている頃だろうか。今頃、泡を吹いて倒れているのではないだろうか。それとも、唖然としながらも、急いでこちらの要塞に向かっている頃かもしれない。
「まあ、ヘーゼン少尉も土下座して涙ながらに謝れば、許してやらなくもないが。いや、まあシマント少佐が許さないか」
「ククッ……はい。ヤツには、馬の糞くらいは食ってもらわないと。バクバクとね」
「フフフフフフ……」
ジルバ大佐は笑いが止まらなかった。すべてがいい方向に向かっている。この北方カリナ地区の長であり、大佐格である自分に対し、堂々と喧嘩を売ってきた平民出身の中尉格風情が、己の身分を思い知る時が来たのだ。
無論、ヘーゼンはディオルド公国を追い払った功績を主張するだろうが、そんなものは揉み潰してしまえばいい。部下の功績など、上官次第で幾らでもねじ曲げられることができる。
そんなこともわからない若僧だから、恐れ多くも皇帝陛下に対しての不敬発言などができるのだ。
「いや、今日は飲もうじゃないか」
「はっ! 光栄です!」
ジルバ大佐は、棚にあった超高級のブランデーを開けて、トクトクトクとグラスに注ぐ。シマント少佐は嬉しそうにそのグラスを受け取り「では、いただきます」と叫び一気に喉に流し込む。
「うぷっはぁ! これは……格別な味わいですな!」
「そうだろう? これが、勝利の味わいだ」
「なるほど、上手い! さすがは、ジルバ大佐のご見識には本当に頭が下がります」
「フフフフ……」
勝ち誇ったように答えた白髪の老人は、グラスにブランデーをつぎ、自らもグイッと喉に流し込む。
「っぷはぁ! やはり、これは素晴らしい味だ」
「本当に! 本当にその通りです!」
「よし! 今日は、とことん飲もう! あの不敬男も、今日は勝利の美酒に酔いしれているはず」
「ククク……明日、馬の糞をバクバクと喰らうことも知らないで、ですな?」
「フフフフフ……フフフフフ……ハハハハハハハハッ!」
「クククク……クククク……ククククハハハハハハハハハハッ! アハハハハハハハハハハハハ」
ジルバ大佐とシマント少佐の笑い声が、高らかに廊下に響き渡っていた。
「……」
「ヘーゼン少尉。どうかしましたか?」
「いや。何でもない」
黒髪の青年は、颯爽とその場を去って行った。
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