誤算


 ギザールは信じられないような表情を浮かべる。もちろん、彼は無能ではない。別働隊の存在は、ディオルド公国でも確実に検討されていたのだろう。


 しかし、ヘーゼンは同時に『必ず見誤る』と推測していた。


「バズ准尉……少し耳を塞いでいたまえ」

「はい!」


 元気よく彼は答え、両手で耳を塞ぐ。ここからは、帝国軍人に聞かれることが不都合になる。後で確認して盗み聞きしていれば殺すことになるが、バズ准尉は任務に忠実だ。まず、問題はないだろう。


 ギザールもまたそのことを察し、ヘーゼンにだけ聞こえるような声で話す。


「我々の要塞には少なくとも5千の兵が置いてある。それらを脅かすほどの戦力が帝国に?」

「いや、帝国にはなかった。だから、代わりに他で頼んだんだ」

「……クミン族」

「ご明察」

「しかし、クミン族とは帝国と同盟関係ではない。あくまで、停戦協定だと聞いていたが」

「そう読むと思ってたよ」

「……偽報か?」

「まさか。モスピッツァ中尉にそんな演技はできない」

「知っていたのか?」

「こちらも、あんな無能に出し抜かれるほど阿呆ではないのでね」


 あえて、ヘーゼンとカク・ズの会話を聞かせるのに苦労した。さりげない演技だとスルーされるので、大根役者さながらの大きな声で話さなければいけなかった。


「しかし、それではやはり停戦協定に変わりはないと言うことだろう? どうやってクミン族に説得をしたんだ」

「説得などしていないよ。こちらは、ただ情報を流したんだ。この戦で、要塞が手薄になるだろうという情報を」

「……あくまで帝国ではなく、クミン族に占領させたと言うことか?」


 その問いに、ヘーゼンは頷く。


「しかし、それでもクミン族が動くのには納得しかねるな。彼らは山岳部族だ。平地の要塞を取ったところで、防衛などはできないだろう」

「そう。物の価値とは一定ではない。帝国やディオルド公国にとっては戦略的に重要な土地でも、彼らにとっては違う。しかし、

「……領地交換か!」


 ギザールは驚きの表情を浮かべる。


「そう。帝国は、クミン族の縄張りであった山岳地帯の多くを持っている。しかし、それはこちらにとっては利用価値が低い」

「……」


 冬の極寒が厳しいこの土地では、山岳の開発は至難の業だ。切り取ったはいいものの、ほぼ活用がされなかった土地が多く存在している。


「停戦協定を結んでいる現在、実質的に帝国のディオルド公国侵攻は困難になった。とすれば、帝国側としてできるのは、それらの土地の交換へだけだ」

「すべて、計算していたと言うのか?」

「まさか。ギザール。君がいたことで、大分、状況は複雑になった」

「……わからないな。なぜ、危険を冒してまで情報のリークを?」


 ギザールにはわからないだろう。仮にディオルド公国がなにも知らなければ、恐らく要塞は陥落していたのだから。四伯のミ・シル、そしてヘーゼンがいれば、防衛戦であったとしても、とても守りきれるものではなかった。


 しかし、黒髪の青年はこともなげに答える。


「僕は帝国側の利益を考えて行動してないんだよ。あくまで、個人としての利益を最優先する。まあ、簡単に言えば、手柄を他人に取られたくないんだ」

「……呆れたな。こうも、堂々と軍人らしからぬ発言をするとは」

「仕方がない。僕には僕の事情と言うものがあるのだから。まあ、結果的に一番の利益を取ることができたがね」


 ヘーゼンはそう言って、一枚の洋皮紙を手渡す。


「これは?」

「主従関係の契約魔法を結んでもらう。約束だからね」


 ギザールは強力な魔法使いだ。寝首をかかれることも考慮して反逆できないよう縛っておく。基本的に、ヘーゼンは忠義心などというものは信用していない。


「それはもちろん異存はないが、いいのか? あくまでディオルド公国を裏切って帝国軍人となるのかと思っていたが」

「それだと、僕の部下にはならないだろう? さっき言った通りだ。帝国の利益になって僕の利益にならない行動は取りたくないんだ」

「ははははっ! ますます呆れて、笑えてくるよ」

「だから、契約魔法を結んだ後、君にはさっさと消えてもらう」

「逃亡しろと?」


 その問いに、ヘーゼンは頷く。


「数日もすれば、モスピッツァ中尉が鍵をもってこちらへと来るだろう。君を逃すためにね」

「しかし……いいのか? 彼は処分されるぞ」

「それは仕方がない。自分の意志でやってくるのだから。嫌ならば、やらなければいいだけの話だ」


 まあ、彼はやると思うけどね、と黒髪の青年は確信の笑みを浮かべる。


「……一つ、聞いていいか?」

「なんだい?」

「ヘーゼン。お前、歳はいくつだ? 随分と若い顔立ちをしているが」

「……なぜ?」

「10代後半……いや、どう見繕っても20代前半だ。しかし、あらゆる行動が年齢に伴っていない。お前はいったい、何者だ?」

「……」

「確かに、天才と呼ばれる者はいる。四伯のミ・シルのような傑物の類も。しかし、それらと比べても、あまりにもかけ離れすぎているのだ」

「ギザール。忠告しておく。僕を知ろうとするな。必ず後悔する結果になるから」

「……肝に命じておく」


 ギザールは頷いて、洋皮紙を受け取った。

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