決着
「はっ……ぐっ……」
追いつかない。もはや、何度も視認を逃しており、何度も致命的な隙を見せた。すぐに、視認を再開しようとするが、追いつかない。
これほどまでに違うのか。
違うと言うのか。
そして……もう何度目かもわからない、ヘーゼンの姿を見逃した瞬間、突然地面に大穴が開いて、岩石が空中に飛び交う。
「ぐっ……どこだ!?」
完全に姿を見失ったギザールは、あたりを見渡す。だが、いない。
影……
地面にあるはずのない影を見つけた。しかし、あり得ない。
「バカ……なっ」
そこには、ヘーゼンがいた。上空で逆さまの状態で。砕かれた岩石に、逆さで乗っていたのだ。黒髪の青年は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、もう片方の魔杖を思いきり降り下ろした。
瞬間、ギザール将軍の身体が地面にめり込み、身動きが取れなくなる。そして、これまで生きてきて経験のない衝撃が、彼の全身に襲いかかった。
「ぐああああああああっ!」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ヘーゼンは息をきらしながら、地面へと着地してギザール将軍の方に向かって歩く。
「ぐっ……がっ……」
「ぜぇ……ぜぇ……さ、さすがに勝負ありましたかね?」
ギザール将軍の横で。ヘーゼンもまた、大地に寝そべって天を仰ぐ。それは、奇妙な光景だった。戦の真っ最中で、敵軍の大将の隣で身を投げ出したのだから。
全身の骨がイカれながらも、息も絶え絶えになりながらもギザールはなんとか隣を向いて尋ねた。
「最後……なぜ、お前は上空に?」
「『浮羽』という魔杖です。これは、自身の体重をゼロにする効果があります。砕いて宙に浮いた岩石を渡るために使いました。もちろん、マーキング済みの岩にです」
「……私を攻撃した魔杖はなんだ?」
「魔杖『地負』。その適応範囲は、30メートルほどで、3倍の重力をかけられる。宝珠が10等級であるが故に、ここまでの出力が限界だが、極限的に範囲を集約されれば30倍ほどの重力をかけることが可能です。これは、流石にタメが必要なので視界からは消えさせてもらいました」
「……」
それまで、頑なに前後左右と言う平面移動に終始したのは、上空への移動がないとギザールに勘違いさせるため。そこまでの緻密な計算を、このヘーゼン=ハイムという魔法使いは見事にやってのけたのだ。
ギザール将軍の表情は晴れやかだった。
「見事だ……私の負けだ」
「じゃあ、あなたは僕のものだね。ギザール将軍」
ヘーゼンが笑い。
ギザール将軍も笑顔で瞳を瞑り、頷く。
「……ああ。凄まじい怪物もいたものだな。完敗だ」
「はぁ……よし、休憩終わりだ」
ヘーゼンはすぐさま立ち上がって、屈伸をする。
「ディオルド公国を攻撃するのか?」
「もちろん。戦争だからね」
「……言っておくが、私はお前の部下にはなるが、ディオルド公国の攻撃は止まないぞ?」
「いや、止むよ」
「なにを言っている? この兵力差だ。いかに、ディオルド公国の将兵が削られたと言っても、まだラングトン親衛団長とゾナン鎧団長もいる。彼らは強いぞ?」
いかにヘーゼンと言えど、この戦いで大分消耗しただろう。
「へぇ。じゃ、捕虜にしてもらうよう言っておこうかな」
「……どう言う意味だ?」
ギザール将軍の問いに答える前に、バズ准尉がヘーゼンの下へと駆け寄ってきた。
「こちらは捕虜だ。丁重に扱え」
「わかりました。あ、あの。敵軍は引かずに、こちらへの進軍を開始しました」
「……」
やはり。ギザール将軍の予測が当たり、ヘーゼンの思惑は外れた。しかし、黒髪の青年は、なんら悔しい表情を見せない。
「そうか……少し外れたか。まあ、僕は神様ではない。ここからは、単純な消耗戦になる。あと数時間ほど持ち堪えてくれ」
「わ、わかりました」
バズ准尉は、ギザール将軍に肩を貸しながら返事をする。
「この攻撃は数日は止まらないぞ? 私は、ここの要塞に来て日が浅い分、将兵たちのショックは少なかったと言うことだ」
「……まあ、そのうちわかるよ」
ヘーゼンがつぶやくと、次の瞬間、他の伝令係がこちらへと駆け込んで来た。
「はぁ……はぁ……ヘーゼン少尉。ディオルド公国の兵たちが全軍撤退して行きます!」
「……っ、バカな」
思わずギザール将軍はつぶやいた。
「そうか。多少、遅かったが、間に合ったようだな。では、追撃隊を出して彼らを戻らせるな」
「……別働隊か」
ギザール将軍がつぶやき、ヘーゼンは勝ち誇った表情で頷く。
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