治療
数秒ほどの沈黙が流れた後、ヘーゼンは一つため息をついてヤンの方を見る。なんの話だか、展開が読めず、あんぐりと口を開けている。
緊張感のない少女の顔に、ヘーゼンは馬鹿らしくなってため息をついた。
「固まってないで、こっちに来なさい」
ヘーゼンはカク・ズの身体に手を当てて魔力を流し始める。
「一般的な魔医は、手のひらに魔力を集約させて治療を行う。しかし、これでは範囲が大きいため魔力伝導率が悪い。そこで、患部に指を当て、指で魔力を流し込む方法がいい」
ヤンに説明すると、少女はふんふんと頷きながら患部に手を当てる。
「こんな感じですか?」
「違う」
「な、なにが違うんですか!?」
「繊細さが足りない」
「失礼な。ちゃんと優しく置きました!」
「優しく置けとは言っていない。繊細に置けと言っている」
「違いがわからないです!」
「なんでわからないのか、僕にはまったくわからない」
「ぐぬぬ……ぐぬぬぬぬぬ……」
「いいから、身体で覚えなさい、千回もやってればできるようになるから」
「そ、それは千回もよくわからないダメ出しをされると言うことですか?」
「うん」
ヘーゼンはキッパリと頷いた。この少女を戦場の前線に特化させる気はない。自身を守らせるため、最低限の戦闘能力はつけさせる予定だが、性格的には軍人ではないだろう。
魔医の分野は奥が深い。幼い今から、戦場に身を置いて感覚的な治療を施させれば、ヘーゼンの想像もしていないような成果を出すかもしれない。
しかし、そんなヘーゼンの思惑をまったく汲まない弟子は、ふてくされながら言い訳を言う。
「でも、まだ、魔力もなくて治療の真似事なのに、わからないですよ」
「本気でやりなさい。魔力を持つことになったら即瀕死の患者を任せるから」
「い、いきなりそんな重傷者やれる訳ないでしょう!?」
「だから、今、本気でやりなさい。さもないと、君が患者を殺すことになる」
「……っ」
キーっ、と襲いかかってくるヤンの頭を止めながら、ヘーゼンはもう片方の指で患部を叩いていく。
「こうだ。やってみなさい」
「こ、こうですか?」
「違う」
「一緒じゃないですか!?」
「どこを見ているんだ?」
ヘーゼンはヤンの頭をグリグリと押し潰す。
「お、同じですって! 魔力がこもってるか、こもってないかの違いです! 絶対にそう!」
「違うと言っている。ハッキリ言って、天と地ほど違う。熟練の職人と完全なる勘違い素人ぐらい違う」
「う、うわーん! ロレンツォ大尉! この頭のおかしい人に、なんとか言ってやってください」
「……ははっ。ヤン。あきらめなさい。私は、もうヘーゼン少尉のこれは、あきらめているから」
とロレンツォ大尉は至極失礼なことを口走る。
「だが、ヘーゼン少尉の指は見ていて滑らかな気がするな」
「ほらな。君だけだよ、気づいてないのは。本来なら自分で気づかないといけないんだ。自己分析ができていないからそうなるんだ。自分の動作と僕の動作をまったく一緒のものとしてトレースしろ。それができるまで、千回な」
「……っ、うわーん! もーやだー」
泣き叫ぶヤンに、ロレンツォ大尉は苦笑いを浮かべる。そして、そんなことには気にも止めないヘーゼンはカク・ズの治療を次々と終わらせて行く。
「しかし、見事なものだ。魔医でもないのに」
ロレンツォ大尉は思わず唸る。この技術が一目見てわかると言うことは、彼もまた医の魔法が使えるのだろう。
確かに、簡単な応急処置は軍人の身で習うことは多い。しかし、それをモノにすることは、かなりの労力を費やす。
戦場で生き残るには、医よりも力であることは自明だ。よって、大抵の軍人は医を疎かにする。ヘーゼンはあらためて上官の優秀さを感じつつも、取り繕いの言葉を考える。
「学院でひと通り学びましたので」
「……それで、納得せよと?」
「どういう意味でしょう?」
「規格外なのだよ、君は。何もかもが。そして、やっていることと年齢のつじつまがどうにも合わない」
「……」
ロレンツォ大尉はおおらかに見えて、鋭い。そう言う意味では、他の上層部よりも厄介な存在だ。
「いったい、何者なんだ君は?」
「私はヘーゼン=ハイムです。それ以上でも以下でもない。それに、一つ忠告をさせていただく」
「忠告?」
「私のことを探らない方がいい。決してロクな結果になりませんから」
「……わかった」
「では、今後の作戦について話しましょう」
ヘーゼンは笑みを浮かべた。
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