後悔
ヘーゼンが自室に一旦戻ると、ヤンが本を読んでいた。外が戦場と化しているにもかかわらず、この能天気ぶりに思わずため息をつく。
「これからカク・ズの治療を行うから来なさい」
「えっ、怪我したんですか!?」
ヤンは飛び起きて心配そうな表情をする。
「大丈夫だ。命に別状はない」
「は、早く行きましょう。
「……」
そう言いながら、ヘーゼンを通り過ぎて、全力で走る。そんな光景を見ながら、フッと表情を、綻ばせる。
「しかし、やってしまったな」
ヘーゼンは忌々し気につぶやく。
つい、感情的になってしまった。カク・ズは、自分とは違って心が優しい。そう言う者は得てして他人の感情にも敏感だ。
そんな彼が起きた時、化け物呼ばわりされることが、どうにも我慢ができなかった。しかし、打算的に考えれば、シマント少佐はともかく、第一大隊と第三大隊を蔑める発言は控えなくてはいけなかった。
「……まあ、仕方がないか」
戦には不測の事態が起こるものだ。彼らが自分の指揮を不満を思うならば、ロレンツォ大尉を据えるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら医務室へと向かうと、そこには兵たちが控えていた。第一大隊と第三大隊の中尉、少尉、准尉格の者たちだ。
「なにをしている?」
「あっ、ヘーゼン少尉。いや、その……あの方に大変失礼な態度を取ってしまったので」
「……」
「ギザール将軍を見て、思わず死の恐怖に囚われてしまいました。それなのに、あの方は……それを見た上で死中に飛び込んで我々を守ってくれました。それなのに……」
「ふぅ……君たちもか?」
ヘーゼンが周囲を見ながら尋ねると、全員が申し訳なさそうに頷いた。
「大尉格の権限をもって命令する。戻って食事を取りなさい。ゆっくり休むことだ」
「し、しかし……」
「君たちがここにいて、できることはない。そして、カク・ズは出さない。正直に言えば、彼は1ヶ月以上は使い物にならないだろう。したがって、もう君たちの代わりに戦う者はいないと言うわけだ」
「……わかってます。明日は、彼の代わりに私たちが戦う番です。みんなで決めました」
「……」
「命を賭けて守ってくれた彼に報いるには、私たちが感謝を示すには、それだけしかできない」
「……ふぅ。その意気で明日は戦うことだ」
「はい!」
「ちなみに、明日は私が単独でギザール将軍と対峙する」
「えっ? しかし、カク・ズさんがいなければ」
「もともと、3日目は彼抜きで戦う予定でいた。だからと言って、この兵力差だ。気を抜けばすぐにやられる」
「は、はい!」
「言っておくが、君たちを許した訳ではない」
「……はい」
「だが、その気持ちはきっとありがたいと思うだろう。この戦が終わって、運良く生き残れたら彼に食料の差し入れをするといい。きっと、喜ぶ」
「は、はい!」
ヘーゼンが医務室に入ると、そこにはロレンツォ大尉とヤンがいた。
「捨てたものではないだろう? 軍人というのも」
「……さあ。しかし、思ったほど士気が落ちていないようで、安心しました」
こちらの見舞いに来ているのは、中、少尉格、准尉格が多かった。まず、隊の代表として自発的に行ったと推察される。
「しかし、シマント少佐のアレはやり過ぎだ。どう取り繕っても、降格人事はやむを得ないぞ? せっかくの大功を成したのに台無しだ」
「……でしょうね。しかし、許せなかったんです」
「なぜだ? 彼も戦が終わって興奮状態にあった。そして、それがわからんヘーゼン少尉ではあるまい」
「……」
少しだけ沈黙し、やがて、ヘーゼンは口を開く。
「昔……命を賭けて、生涯を賭けて、その魂すらも賭けて、私の愛する者を救おうとした者がいたんです」
「……その者を、化け物呼ばわりした者がいたのか? それは、酷いな。どんなヤツだ?」
「私ですよ」
「えっ?」
「私です。自分をも遥かに超えるほどの力を目の当たりにして、私は彼に勝つためにそう呼びました。何度も何度も」
「……」
「そうしなければ、死んでいた。大陸自体が蹂躙されていた。愛する者を守るためだった。言い訳はいろいろできる。しかし、私は生涯、私を許すことはないでしょう」
「……」
しばらく、沈黙が流れて。
ロレンツォ大尉はやがて、大きくため息をつく。
「ふぅ……わかった」
「くだらない話をしました。忘れてください」
「ああ。君も、人間なのだと言うことが、よくわかった」
「……本当に余計な話をしました」
ヘーゼンは忌々しげにつぶやいた。
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