不敬
数秒ほど、間が空いた。誰もが、ヘーゼンの言い放った言葉を理解するのに時間がかかったからだ。それは、帝国軍人……いや、帝国国民としては、決して放たれるはずのない言葉だった。
やがて、シマント少佐が狂ったように叫びだす。
「ふ、不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬!
不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬不敬えええええええええぇ!」
「それがどうした?」
「……がぼっ」
シマント少佐が起きあがろうとするが、ヘーゼンは頭を
「き、貴様……狂ってる……イカれてる……頭がオ・カ・し・い……分かっているのか? 不敬罪は自身のみなず、親族すらも即極刑だぞ?」
「だったら僕を殺せよ」
「……っ」
「できないよな? 僕抜きで戦えばどうなるかわかっているから」
「ぐっ……」
「わかっているか? 不敬罪は、即極刑だ。さもなくば、執行する側にも罰が与えられる重罪だ。どのような理由があろうとも。だが、お前の頭は今、どこにある? そんな大犯罪者に頭を下げて土下座してるな?」
「……ぐがががががぎぎがぎがぎぎっ」
シマント少佐がもがくが、一向に動かない。まるで、金縛りにあったかのように。
「選ばせてやる。不敬罪の僕の力を借りて、自分たちの命を助けるか。それとも、不敬罪を適応して僕を殺すか。どっちにする?」
「……ががごぐごがぎぐぐげげぐごごごごごごご」
もはや、なにを言っているのかもわからない。ただ、シマント少佐は訳のわからない言葉でうめきながら、なんとか耐えようとしている。
理性と怒りの狭間で揺れる様子を、ヘーゼンはただ黙って見つめる。
やがて。
半ば泡を吹きながらではあるが、シマント少佐はなんとか言葉を絞り出した。
「……ぐがぁ! 不敬罪には目を……瞑る」
「賢明な判断だ……だが、お前は不敬罪だな」
「はっ……ぐっ……」
「今、お前は認めた訳だ。不敬罪の者の力を借りて、自身の利益を享受すると。その一言は、致命的だぞ?」
「……私はぁ! この要塞のために……帝国のために」
「違うだろ? お前はそんな器じゃないよ。いい加減に自覚しろ。お前は、ただ自分の命が惜しくて不敬罪の僕に命乞いしたんだ。要塞のため? なんの冗談だ。笑わせるな」
更に足下に力を込めて眼前を見下ろしていた時。ロレンツォ大尉の鉄拳が入る。喰らったヘーゼンは吹っ飛び地べたへと倒れる。
「いい加減にしろ! 取り返しがつかなくなるぞ」
「……」
「いったいどうしたんだ!? 落ち着け。明らかにやり過ぎだ」
「……」
その言葉を聞きながら、ヘーゼンは天を仰いでいた。そして、瞳を瞑り、やがて口を開く。
「私なら、この戦の大功労者であるカク・ズを化け物呼ばわりはしない」
「ひっ……」
ヘーゼンの鋭い瞳は、シマント少佐の身体に戦慄を起こさせる。
「この要塞で残ったあなたたち上官方にも、戦った第一大隊も、第三大隊にも、もちろん功はある。しかし、カク・ズはこの時、この時点であなた方より遥かに帝国に貢献している」
「……私は、ただ平等に誰もが全力を尽くしていると言っただけだ」
「平等? 履き違えないでください。功績とは、誰しもが均等に与えられるべきものではない。最も功を成したものにこそ、多く支払われるべきだ」
「くっ……」
「第二大隊は、敵前から逃亡することなく戦った。第一大隊、第三大隊は、卑怯にもギザール将軍を恐れ、門の中へと逃げ去った……上官共々ね。カク・ズはそんなあなた方を守るために命を投げ打った。それが事実だ」
「……」
ヘーゼンは第一大隊と第三大隊に向かって叫ぶ。
「君たちにも家族はいるだろう? 守るべき家族が。そんな彼らが、君たちに向かって、何の敬意も払わなかったらどう思う? 勇敢に敵と戦い、命をかけて守ったにも関わらず、化け物呼ばわりされたらどう思う?」
「……」
「考えることだ。少なくとも私は、守られることに感謝しない者たちを守ってやる気などサラサラない。それが、守る側の立場であるならば、特にな」
「……」
そう言い捨てて、ヘーゼンは去って行った。
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