ナンダル


 翌日は要塞周辺の村々の巡回業務だった。その中で、ディスナルドの村に立ち寄る。ここでやることは一つ。ナンダルとの商談である。


すー。孤児院に戻ってもいいですか?」

「商談が終わったらな」

「じゃ、早くしましょ。早く」


 ヤンはウキウキしながら足取りを早める。身体が6歳児のままだからだろうか、この少女はかなり幼いところがある。


 年齢的には、とっくに親元を離れて働いている者も多い。まあ、ここでの要塞にも長居はできないだろうから、今のうちだけは好きにさせることにしている。


 ナンダルの商家に入ると、中は活気でごった返していた。皆が忙しそうに動いているが、無駄が少ない。得てして、こういう雰囲気の商いは上手くいっているものだ。


「おっ、ヘーゼン少尉。リストには目を通してくれましたか?」

「ああ。全部買おう。そして、これをクミン族に渡してくれ」


 そう言って、いくつかの洋皮紙をナンダルに渡す。


「これは?」

「仕様書とでも言えばいいのかな。どのような効果があるのか。大きさや形状はどうか。どんな魔法使いが向いてるか、などかな」

「それは……すごいな」

「事前に、彼らの特徴をヤンにまとめさせていたからな。ある程度はニーズに沿っていると思うが」


 停戦協定締結以降、数回ほどヤンをクミン族の集落に派遣していた。表向きはエダル二等兵の通訳としてだが、彼自身はほとんど言語をマスターしている。なので、空いている時間にやらせたが、やはり期待以上のものが出てきた。


 女王のバーシアは、すっかりヤンが気に入ったようで、養女にしたいと打診まであった。もちろん、丁重にお断りした(ヤンは泣き叫んで『なりたい』と駄々をこねていたが)。


 ひと通り魔杖の仕様書に目を通したナンダルは、大きく頷いた。


「わかりました。渡しましょう」

「気に入れば彼らに売るが、気に入らなければ闇市で売りたいな。そっちのルートはあるか?」

「うーん。ありますが、取越苦労では? クミン族は喉から手が出るほど欲しいものだから、買うと思いますが。あまりに法外の値段でなければ」

「心配するな。ぼったくる気はない。だが、買い叩かれる気もない」


 設定としては、買値の倍額で売ろうと思っている。これには、材料費も入っているので加工賃は実質半分というところだ。ナンダルが売値に目を通すや否や頷いた。


「……これなら、買うでしょう。俺が想定していた売値よりもかなり安い」


 ナンダルが太鼓判を押してくれたので、ヘーゼンは安心した表情を浮かべる。


「ヤン。一応、バーシア女王には報告しておいてくれ。こちらで買った宝珠だから、とやかく言われる筋合いはないが、闇市に横流しすると信用を失う恐れもある」

「わかりましたけど、多分買うと思いますよ」

「他のルートがあると言うことを示しておく必要があると言うことだ。そうすれば、買ってもらえる確率は上がり、値切りの率も減る」

「まあ、心配ないかと思いますけどわかりました」

「ナンダル、手数料は1割でいいかな?」

「はい。他で儲けさせてもらってるんで、もっと安くてもいいですけどね」

「なら、安くする代わりにもう一つ頼みたい」

「なんですか?」

「帝国から資金を取り寄せるのに時間がかかる。なので、手形を発行できないかな。そうすれば、もう1割上乗せする」

「そりゃ、ウチは構わないですけど、いいんですか?」

「と言うと?」

「いや。こう言っちゃ商人失格と思われるかもしれないが。ちょっとウチが儲けすぎてないかなって。こちらはクミン族の方にも手数料を貰ってるんだ。それに、製作のための材料もこちらで請け負っているから、実質的な利益とすれば4割を超える」

「それは当然だろう」


 ほとんどの事務、輸送、買卸をやっているのだ。むしろ、野盗に襲われる危険もある中で、安く買い叩く気はない。


「いや、しかし。生産するあんたが利益の3割だ。同じ額と言われると、なんだか悪いことをした気になる」

「妥当だとは思うが。それに、資金が調達できれば手形は発行しない予定だ。金を貸すと言う行為自体には対価が発生して然るべきだと僕は思う」


 むしろ、関係性に甘えて有耶無耶にすると、失敗する。相手と対等な関係を持ちたいならば、金銭関係はしっかりとしなければいけない。


「納得して頂けてるんでしたら、こちらは構いません。ただ、あんたの頼みだったら多少の無茶は聞くから何でも言ってくれ」

「心強いな。頼む」


 ヘーゼンは差し出された手をガッチリと握った。ナンダルはいい商人だ。可能であれば、ここ一帯を牛耳る豪商に育てたい。


「ああ。それと、ナンダル。軍商をやる気はないか?」

「軍商……ですか」


 途端に、ナンダルの表情が曇る。


「さすがにこちらが手一杯か。なら、余力ができたらでいいが」

「いや、そうじゃなくて。嬉しいお話ではあるんですが、あそこはカバダオ商会が一手に引き受けてやってるんで、食い込めるかどうか微妙なところなんです」

「では、まずは第4中隊の食料調達から始めてくれ」

「えっ? 確かヘーゼン少尉は第8小隊では」

「今は中隊を任されている。もちろん、質、値段を確認した上だが」

「そりゃ、喉から手が出るほど飛びつきたい話ですが、いいんですか?」

「構わない。各小隊の食費を増やすよう指示していたので、ちょうど、予算が足らないと思っていたんだ。競合先が増えれば、値段も安くなる」

「そりゃそうですけど、カバダオ商会からは何か言われて、困る立場になりませんか?」

「僕が? なぜ?」

「なぜ……って、本当に剛毅なお方だ。わかりました、喜んで受けましょう」


 ナンダルはやがて決心したように頷いた。それが、なぜかはヘーゼンにはわからなかった。


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