カバダオ商会 ウダイ


 数日後、カバダオ商会の者が面会の申し出に来た。カバダオ商会は、この要塞の軍備、食料、物資等を独占的に売買している。


 決して、独占的に行わせなければいけないと言う法律はないが、なにかと一つにまとめた方が、軍としては効率がよい。また、カバダオ商会と軍上層部の繋がりがかなり深いらしく、慣例的に彼らが請け負っていると言うことだった。


「ヘーゼン少尉。カバダオ商会の方がいらっしゃいました」

「わかった。通してくれ」


 来客室に入ってきた男は、身なりが整った小太りの中年だった。柔和な顔立ちで、タレ目が常に笑っているかのような印象を与える。


「初めまして。カバダオ商会のウダイと言います」

「ヘーゼン少尉です。よろしく」


 少尉という言葉に、若干の引っ掛かりを覚えたのか、ウダイは一瞬表情を変えた。しかし、すぐまたタレ目の作り笑いを浮かべる。


「あの、今回、第4中隊の食糧調達を私ども以外に任せたとお伺いしました。私どもの食材に何か不備がありましたか?」

「ああ。前に牛乳が少し怪しかったので、思い切って変えてみようかと思って」

「それは……申し訳ありません」


 ウダイは深々と頭を下げる。


「いや、いいんですよ。ナンダルのところで任せてみて、質、値段に問題があれば、また戻すんで」

「……あの、これ」


 ウダイは小包を差し出す。大層豪奢な包装がされている。


「なんですか?」

「お詫びの品です」

「ああ、ご丁寧に。では」

「は?」

「は?」


 ヘーゼンが速やかに退出しようとした時、ウダイは目を丸くする。


「いえ、あの。開けて見られないので?」

「今ですか? 申し訳ないですが、この後にも予定が詰まってまして」

「ぜひ。そこをなんとか、ぜひ開けてください」

「……わかりました」


 心の中でヘーゼンはため息をつく。贈り物は苦手だ。あまり、物欲がないので見ても喜べないからだ。中を開けると、そこには、お菓子の詰め合わせが入っていた。


「ありがとうございます。食堂で配ります」

「いや。いやいやいや、その下を」

「下?」


 指示されるがままに、箱の下の部分を開けるとそのには小金貨が一枚入っていた。ウダイは自身のタレ目をますます細くして笑う。


「……」

「これは、お詫びです」

「申し訳ないですが、これは受け取れません」

「は?」

「軍規では、賄賂を受け取れないことになってるんです」

「わ、賄賂とは人聞きの悪い。単なるお詫びだと申し上げたではないですか」

「当人たちが判断することではありません。客観的な視点で見れば、賄賂に該当する確率は高い」

「まあ、そうお硬いことは言わずに」

「軍人ですから」

「ところで、ヘーゼン少尉は女性がお好きですか?」

「は?」

「もし、よろしければ数人ほど紹介なさいましょうか?」

「いえ。結構です」

「しかし、独身でいらっしゃいますよね?」

「まだ、身を固める気はありません」

「なるほど。しかし、見識を広げておくべきでは?」

「忙しい身なので、そんな暇はないんです」

「……そうですか」

「あの、話が終わりでしたら、それでは」

「ちょ、ちょっと待ってください。あの、モスピッツァ中尉ですが、どうかされたんですか?」

「どうかと言うと?」

「その……ヘーゼン少尉が中隊予算を取り仕切っているのは、モスピッツァ中尉がご病気になられたとか」


 ウダイの表情が次第に深刻そうな色をなす。


「いえ。ピンピンしてます。お会いになるのでしたら、第8小隊に行けば会えますよ」

「そうですか。ぜひ、案内してください」

「案内? 一人で行って構いませんが」

「えっ、しかし、その……その後、ヘーゼン少尉ともお話したいので」

「どのようなお話ですか? 今、聞きましょう」

「いえ、その。それは、モスピッツァ中尉が今回のお話を知っていらっしゃるのかなと思いまして」

「知らないと思いますよ」


 現在、少尉という立場にはいるが、実質的な運営はバズ准尉に任せている状態だ。


 しかし、それを聞くとウダイの表情がパッが明るくなる。


「では! 知らないということでしたら、なおさら。ぜひ、ご一緒にモスピッツァ中尉とともに、お話を聞きましょう」

「うーん。忙しいのだけどなぁ」


 なんとも無駄である。だいたいヘーゼンとしては、生涯で1時間ほどしか、彼に時間を費やす気はなかった。


「わかりました。ただし、少しスケジュールを組み直させてください。また、私にある程度時間を合わせていただけると」

「もちろんです。待ちましょう。何時間でも」

「……わかりました。この後、ロレンツォ大尉との面会がありますので、その後の訓練に同行してください。そこで、彼とお話を聞きましょう」

「ろ、ロレンツォ大尉に直接面会されるんですか?」

「はい」

「ぜひ。ぜひ、そちらにも同行させて下さい。ぜひ、ご挨拶がしたいのです」

「まあ、聞いてみますが、手短にお話いただけると」

「はい、もう手短に。了解いたしました」


 ヘーゼンは来客室を出て、その足でロレンツォ大尉の部屋に向かう。


「失礼します。あの、ガバダオ商会のウダイさんがご挨拶に来たいと」

「挨拶? まあ、通してくれ」


 ヘーゼンが中に入れると、ウダイは先ほどよりも仰々しくお辞儀をした。


「お久しぶりでございます、ロレンツォ大尉」

「……ああ、半年ぶりくらいだったかな」

「はい。実は、ヘーゼン少尉に随分と失礼をしてしまいまして……お恥ずかしいです」

「失礼? なにかやったのか?」

「仕入れていた牛乳に腐臭を感じた時がありました。が、まあ、失礼というほどのことでもないかと。別に私は気にしてませんが」

「し、しかし。今回、食材の仕入れに関しては、ヘーゼン少尉の懇意にしている商人に任せてます」

「ああ、それは、たまたまいい商人が見つかったから任せてみたんだ」

「……我々カバダオ商会と軍の方々とは、その……結構なお付き合いをしている方もいます」

「しかし、私とは付き合ってないですよね?」

「……っ、しかし、モスピッツァ中尉とはかなり懇意にしておりました」

「なるほど。それは、私にとっては印象が悪くなりましたね」

「えっ?」

「ウダイさん。モスピッツァ中尉は、現在、降格人事を受けていて、現在はヘーゼン少尉の管理下にあります」


 ロレンツォ大尉が苦笑いしながら答えると、ウダイは顔を真っ青に染めた。

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