上級奴隷


 翌日、元モスピッツァ中尉の部屋(現ヘーゼンの部屋)で、面会を実施した。ヘーゼンは丁寧に、いかに中尉が軍人としての力量がないかを説明した。


「という訳で、モスピッツァ中尉。帝国軍人を辞めて欲しいんだ」

「馬、馬鹿な……そんなことが許されるのか?」

「今のは動揺したのだろうから大目にみるが、次に敬語を使わなかったら杖刑に処す」

「……っ」

「そう言うところだ。何度言っても直さない。自尊心と見栄がそうさせるのかもしれないが、どちらも不要だ」

「わ、私は帝国軍人と言う仕事に誇りを持ってます」

「その誇りが君のせいで穢されているんだよ。君がいることで、帝国軍人の看板が泥まみれなんだ」

「……っ」


 なぜか知らないが、モスピッツァ中尉がこちらを睨んでくる。なんと失礼なやつなのだろうと、ヘーゼンは思った。しかし、ロレンツォ大尉から『お手柔らかに』と言い含まれている。


 上位下達。これも、雇われ軍人の宿命だと割り切って、我慢するしかない。


「でだ。微力ながら、君の再就職先を探してきたんだ」

「……は?」


 モスピッツァ中尉は、出された洋皮紙を見ながら目をシパシパとする。我ながら、なかなかいい就職先を探してあげたものだと、ヘーゼンは自画自賛する。


「僕としては、やはり上級奴隷の魔医がいいと思う。一般の奴隷だと、君の数少ない長所である『魔力持ち』であることが活かせない。でだ。実はいい雇い主がいて……」

「酷いじゃないですか!」

「酷い?」


 説明中、モスピッツァ中尉が、机を叩いて怒鳴ってきた。予想外の反応だ。そして、浴びせられた言葉の心当たりが、まったくない。


「上級奴隷なんて、下の下の人間がやることです! それを、わざわざ選んできて……なんの嫌がらせですか?」

「下の下の下の人間なんだから、しょうがないだろう?」

「……っ」


 モスピッツァ中尉は驚愕な表情を向けてくる。先ほどから……いや、もう何日も前から説明しているのに、まだ足りないのかとヘーゼンはため息をつく。


 むしろ、ちょっと背伸び(嵩増し)したぐらいなのに。


「君は自己分析ができてないよ。40代前半。馬術もできない。剣術も弱い。頭も悪い。将官試験をくぐり抜けただけで、自分はエリートだと言う、凝り固まった自尊心のまま威張り散らして、性格まで歪んでいる。最悪だ。そんな男が再就職できるほど、世間は甘くはない」

「くっ……イジメじゃないですかこんなの!」

「イジメ?」


 ヘーゼンは聞き返す。


「そうですよ。少尉の能力が高いことは認めます。でも、そうやって能力の低い者を見下して扱うのは、完全なイジメだと思います」

「……なるほど。やられる側になった途端に被害者面する訳か」

「えっ?」

「君は『酷い』と言ったが、そもそも、死んでいった少尉や准尉に『酷い』ことをしてきたのは君じゃないか」


 そう答えると、モスピッツァ中尉はギョッとした表情をした。ヘーゼンは部屋の棚から、以前に処刑したチョモ曹長の日誌を取り出した。


「これ、なんだと思う?」

「そ、それは……」

「そう。君が隠蔽しようとした、『イジメ』の証拠だよ。少尉、准尉を3名か。よくもまあ、ここまで続けられたものだよ」

「ひっ……」


 そう言うと、モスピッツァ中尉の顔面が蒼白になった。そもそも、6人もの不審死。この半数は、この男が新任の少尉や准尉に嫌がらせを続けた結果だった。


 そして、チュモ曹長に対して、その事後処理役を任せていたに過ぎない。


「まあ、僕は君のような下賤な存在にはなりたくないから、イジメなどと言うくだらないことはしない。実際、君の能力、努力、功績を鑑みて、判断した結果が上級奴隷なのだよ。これでも、かなり探したのだよ?」

「……そんな訳がないです」

「そんな訳、あるんだよ?」

「ひっ」


 ヘーゼンはモスピッツァ中尉の髪を掴んで、睨む。


「いい加減、気づくといい。理不尽に部下を貶めて死なすようなクズは、帝国軍人の将官には相応しくない。適材適所だよ。君には、上級奴隷だってもったいないんだ。むしろ、感謝して欲しいね」

「……ど、奴隷なんて嫌です」

「なら、死ぬか?」

「ひっ、ひっ、ひっ」


 モスピッツァ中尉は、薄い髪をかきむしりながら、泣き始めた。


「ロレンツォ大尉の手前、君を生かし続けてはいるが、本来は僕が中尉格になった瞬間、この証拠を提出して処刑するつもりだった。こんな汚いやり口で部下を貶めるようなクズは必要ないからな」


 モスピッツァ中尉は、優秀だと思った少尉、准尉に対し、異常とも呼べる『訓練』をさせていた。果ては、曹長たちに指示して、殴る、蹴るなどの暴行。


 それこそ、精神に異常をきたすほどで、おかしくなった少尉、准尉たちを壊れたおもちゃのように処分した。


 モスピッツァ中尉は泣き崩れ、何度も何度も地に頭をこすりつけた。


「後悔してます! どうか、どうかご慈悲を!」

「……君は、そうやって懇願した少尉や准尉たちに何をした? 少しでも慈悲を与えたか?」

「ひっ……私は慈悲を与えました。ええ、与えましたとも。その日誌にはそこまでのことは書かれていない。私は与えたんです」

「確かに、そのことは書かれてはないな。しかし、チュモ曹長。そんなことは、少しもなかったって」

「そ、そんなことは……」

「嘘をつくな。僕には、わかるんだよ」


 ヘーゼンには死者の声を聞く魔法を使うことができる。これも、モスピッツァ中尉の弱味を探し、処刑するための証拠集めだった。


 しかし、チュモ曹長の死体から反吐がでるほど下衆な報告を聞きながら、思わず胸糞が悪くなった。


 その瞬間、彼の奴隷行きは決定した。


 それでも、モスピッツァ中尉は泣きながら、何度も頭を擦り付ける。やがて、ヘーゼンも根負けして、彼に尋ねる。


「どうしても、奴隷は嫌か?」

「は、はい!」

「死ぬのは?」

「もっと、嫌です!」

「……ならば、死ぬ気で訓練をしろ。僕はあくまで能力と功績を評価する」

「は、はい!」


 ヘーゼンは大きくため息をつく。こんなクズにも慈悲を与えてやらねばいけないなんて、軍人とはなんと窮屈なものなのだろうか。


「しかし……正直、上級奴隷のがいいと思うんだけどなぁ」

「嫌です! 奴隷は嫌です!」

「専属だぞ?」

「だから、とはならないです! 勘弁してください!」

「……むう」


 せっかくの提案を。ヘーゼンは無駄なことが嫌いだ。実際、モスピッツァ中尉のことを考えての斡旋だったのだが。


「わかったよ」

「そ、それじゃ……」

「ただし。今のようなやる気のない姿勢を少しでも見せてみろ? 君は即奴隷落ちだ」

「はい!」

「言っておくが、上級奴隷ではないからな。これを断ったら、ただの奴隷だからな」

「はい!」

「……はぁ」


 ヘーゼンは晴れやかな表情のモスピッツァ中尉を見て、思わずため息をついた。

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