モスピッツァ中尉(6)
その日の夜、珍しくヘーゼンは悩んでいた。自室で、取り寄せた資料を眺めてペラペラとめくりながら唸っている。
「むー……ままならないものだな」
「ど、どうしたの?」
カク・ズが驚愕の眼差しを向ける。なぜ、悩んでるくらいでそんなに驚くのか。
「僕だって、人並みに悩みもするさ」
「……大陸大戦が起きたくらいじゃないと、悩みなんて無さそうだけど」
「そんなことはない。僕が悩んでるのは、モスピッツァ中尉のことだ」
「ヘーゼンを目の仇にしてる人ね」
「えっ、そうなのか?」
「……自覚がないところが、ヤバいんだよなぁ」
そんなことを言われても。こちらとしては、モスピッツァ中尉の能力向上に一役買っていたつもりだった。てっきり、感謝されてると思っていたが。
「まあ、いい。今、彼の再就職先を探してたんだ」
「……」
「……」
「えっ! あの人、辞めるの!?」
「まあ、辞めるというか辞めてもらいたいと思ってる」
「思ってるって……帝国軍人なんだから、中尉格にはそんな権限はないんじゃ」
「そこはまあいいんだけど」
「そこが一番重要じゃなくて!?」
「僕だって鬼じゃない。彼に軍人としての能力がないと言うことが判明したのでね」
この10日間、馬すらまともに乗れない軍人は才能か努力が不足しているのだ。状況は芳しくない。何度言っても直さないし、その度に汚い尻を叩かなければいけない牙影も可哀想だ。
「特定の分野で能力の無い者を、ただ責め立てて追い詰めるのはよくないと思っている。かと言って、このまま彼のような税金泥棒をのさばらせておくのも本意ではない」
「……」
「彼も、『帝国の害虫』呼ばわりされるのは、不本意だろう」
「呼んでるのは、ほぼヘーゼン一人だけどね」
「ははっ」
「……ジョークじゃないんだけど」
「おっと。話がそれたな。それで、彼の再就職先だが、どの奴隷がいいと思う?」
!?
「絶対に駄目だよ! そんなの勧めちゃ」
「いや、しかし。彼の能力と人格、また年齢から算出した将来性を算出すると、そこが最適解なんだが」
奴隷にもさまざまな種類がある。一般的な隷属奴隷の他に、職業奴隷、上級奴隷。モスピッツァ中尉は『ギリで上級奴隷、いけるかな』という感じだ。
「本人は断固拒否するよ! そんなの受け入れる訳ない!」
「いや、僕も奴隷については調べている。ほら、
「……昔、聞いた小噺みたいに言わないでよ」
学院時代、そんなことをサラッと言われて、当時のカク・ズ少年のショックは計り知れなかった。
「上級奴隷と言って、魔力はあるが、能力が低い者が主に扱われる。平民向け魔医や各省庁の下働き・雑用など、魔力を使用することのできる犯罪者向けの職業だ」
「は、犯罪者?」
「横暴な態度が取れないように、契約魔法で縛るから、あまり下手なことはできないだろう。これならば、彼も社会の役に立てる」
モスピッツァ中尉の最大の難点は、横柄かつ腐敗した性格にあると見ている。
要するに、プライドが大きいため、人の指示をまともに聞くことができない人なのだ。
将官試験に受かったと言う過去の栄光(コネである可能性は高い)も、尊大な性格に拍車を掛けている。しかし、それ以降、特段努力もしてこなかったようで、能力も下士官以下。
「指示される側の無能な人間なのに、なんとかして指示する側に回ろうとする。これでは、社会にとってプラスには働かないし、本人のためにもならない。それなら、契約魔法で縛り、半強制的に、死ぬまで永遠に指示される側に回らせる方がいい」
「……」
ヘーゼンは至って真剣である。
「……でも、さっきから言ってるけど本人の意思が」
「それはまあこの際」
「な、なんでサラッと流すの!? 本人の意思確認が転職における最大のポイントじゃないの!?」
「ふっ……カク・ズ。君は、未だ社会人一年目の世間知らずだからそう思うのかもしれないが、違うよ」
「同期だから、ヘーゼンもまったく同じなんだけど」
「……そうだった」
つい、転生前の歳まで含んでしまうのは悪い癖だ。
「しかし、君と僕とでは、能力差があるので、実際には120年以上の開きがあると思う。つまり、僕は社会人120年目だ」
「……そう言うところじゃないかな。モスピッツァ中尉が君を憎む理由は」
「話が逸れたな。転職に重要なのは、『本人の意思』よりも『適性があるかどうか』がより重要となる」
これは、転職に限った話ではない。職を持つと言うことは、社会に寄与すると言うことだ。そこに、本人の意思があろうとなかろうと、どれだけの功績を為したかで評価される。
であれば、より適性を持つかどうかが、最重要になることは自明なのである。
「モスピッツァ中尉は視野が劇的に狭い。そして、自身を見つめるほどの器もないので、自己分析が出来ない。だから、誰かが代わりに彼の能力を分析し、適性を評価しないといけない」
「……その評価が奴隷ってこと?」
「上級だぞ?」
「や、やったぁとはならないでしょう。そう言えば、そうやって俺の進路も決められたんだっけ」
「友人として、当然のことをしたまでだ」
「……『いいよ、お礼なんて』、みたいなテンションで言わないで欲しいんだけど」
と、カク・ズは言うが、よくわからない。この巨漢の護衛だって、使いようだ。中には、理不尽な上官だっている。武芸特化型で心の優しいこの男が、帝国で上の地位に行けるとは思えない。誰かが、よき理解者が必要だ。
もちろん、それが自分だと、ヘーゼンは確信している。
「だから、帝国軍人を辞めてもらった後は、上級奴隷となって養ってもらうのが、彼にとっては一番いいのだ。もちろん、できる限りのことはするつもりだ。
「……」
雇われの専属魔医であれば、比較的、待遇もいいだろう。
「はぁ……雇われ軍人とは難儀なものだ。無能な部下の再就職先まで世話をしてやらないといけないとは。しかし、まあ仕事と割り切るしかない」
「で、でもあの人って上級貴族でしょ? そんな人を奴隷になんてできるの?」
「自発的になるのだから、なんら問題はない。一応、彼には『特殊性癖があるから奴隷になりたい』と実家に一筆書いてもらう予定だ」
むしろ、その時点で彼とのつながりは絶たれると思っていい。
「……絶対に嫌だって言うと思うけど」
「ははっ」
「なんで、さっきからサラッと受け流すの!?」
カク・ズは、なぜだかそう嘆いた。
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