モスピッツァ中尉(2)


 モスピッツァ中尉は驚愕の表情を浮かべた。しかし、ヘーゼンにはそれがなぜなのか理解ができない。この上官の思惑が、本当によくわからないのだ。


「き、貴様。単独で報告しようと言うのか?」

「はい」

「上官の私を差し置いてか?」

「ロレンツォ大尉に直接指示されましたので」

「そんな報告、私は受けてないぞ!?」

「はい」

「なぜ報告しない!?」

「報告するよう指示を受けてませんでしたので」

「するだろう、普通! す・る・だ・ろ!?」


 モスピッツァ中尉は地面に足を叩きつけながら叫ぶ。


「そうなのですか? しかし、すべてを察しろと言うのは、無理なお話ですので。キチンと言って頂くか、注意事項に盛り込むとかして頂かないと」

「ぐっ……重要な話はするだろ!?」

「はい」

「なら、なぜ報告しない!?」

「重要だと言う認識はありませんので」

「重要だろう! 重要なんだ! 重要なんだよ!」

「そうですか。では、次回からそのようにします」

「もう遅い! お・そ・い・の!」

「そうですか」


 ヘーゼンが淡々と答えると、モスピッツァ中尉は『信じられない』というような表情をこちらに向ける。


「も、もう手遅れだと言っているんだぞ? 釈明や弁明の一つがあってもいいんじゃないか?」

「いえ。重要事項でしたら、キチンと言って頂くか、注意事項に盛り込むとかして頂くのが私にとっての普通ですので。中尉の自己責任かと」

「なんだと!?」

「もちろん、帝国にとって重要な事項でしたら、そのようなお叱りは受けますが、中尉に報告した内容を大尉に報告するだけですので。それは、中尉にとってだけの重要事項ですので、私にはわかりません」

「……もういい!」

「そうですか。では、失礼します」


 !?


「うおおおおおい! 待て! 待て待て待て!」


 モスピッツァ中尉は、急いで扉の前に移動して、身体を張って退出を防ぐ。


「……あの、真逆の指示を前後でしないで頂ければ。混乱しますので」

「ぐっ……『もういい』と言うのは、『帰れ』と言う意味じゃない! 『貴様には失望した』と言う意味だ!」

「そうですか」

「わからないのか? それぐらい普通わかるだろ!?」

「曖昧な言い方はやめた方がいいかと思います。隊の行動を乱す恐れがありますので」

「ぐぐっ……」

「……」

「……」


          ・・・


「では、失礼します」

「うおおおおいっ! 待て待て待てー!」


 くぐり抜けて、扉を開けようとするヘーゼンに、身体を入れて防ぐモスピッツァ中尉。


「はい」

「なんで帰ろうとした?」

「話が終わったと判断しましたので」

「終わってない! 私は『貴様には失望した』と言ったのだぞ」

「はい。その発言を受けて、私は『そうですか』、と言いました。そこで、会話が終わったと判断しました」

「してない! 普通、上官から『失望した』と言われたら黙って立っておくものだ!」

「そうですか」

「わかるだろ普通! わからないのか!?」

「曖昧な言い方はやめた方がいいかと思います。隊の行動を乱す恐れがありますので」

「ぐぐぐっ……そうだ、『待て』と言った! 私は『待て』と言ったぞ?」

「はい」

「なのに、なぜ帰ろうとした?」

「待ちました。その指示が終わったと判断しましたので」

「判断するのは私だ!」

「しかし、その後なにも言われなかったではないですか」

「これから言おうとしていた!」

「そうですか。では、手短にお願いします。上官のロレンツォ大尉もお待ちしてますので」

「そんなものは待たせておけばいい! あっちは暇だし、こっちの方が重要だ!」

「……わかりました」

「貴様、ロレンツォ大尉になんと説明するつもりだ?」

「中尉に報告した内容と同様です」

「言え! 貴様の発言は信用できない」

「停戦協定を合意しました。後日、女王がこちらに来ます。そう報告する予定です」

「……他には?」

「聞かれれば答えます」

「特別大功の件は?」

「それも聞かれれば答えます」

「言え! なんと答えるつもりだ?」

「……あの、何と言う質問に対する答えでしょうか?」

「だから、言ってるだろ! 特別大功だよ、特別大功! と・く・べ・つ・た・い・こ・う!」

「特別大功の何の件でしょうか? と答えます」

「ぐっ……特別大功をどの隊が受けるべきか? と言う質問だ」

「第8小隊が受けるべきだと思いますと答えます」

「うおおおおおおおおぃ! うおおおおおおおおおおおおぃ!? なんでだ? 私は『第4中隊が適切だ』と言ったぞ?」


 モスピッツァ中尉は狂ったように地団駄を踏む。


「はい」

「なんでそう言わない!?」

「私は中尉ではありませんので」

「しかし、上官だぞ?」

「はい」

「上官が決定したことに、異論を挟む気か?」

「……中尉が決定されたことは、特別大功を辞退することでは?」

「ぐぐぐぐぐっ! なら、なぜそう言わない!?」

「どの隊が受けるべきか? と言う仮定になってましたので。『受ける』か『辞退するか』という質問になってませんでした」

「あっ……ああ言えばこう言う。呆れてものが言えない」

「そうですか」

「待て! 帰るな! 私がいいと言うまで帰るなよ?」

「はい。しかし、手短にお願いします。ロレンツォ大尉を待たせておりますので」

「待たせておけばいいと言っているんだそんなもの! あんなニコニコしてるだけのやつは、いつまででも待たせておいて問題はない!」

「そ、そうですか」

「はぁ……では、『受ける』か『辞退するか』と聞かれたら?」

「私は受けたいと思っていますが、中尉が辞退すると言っておりました、と答えます」


 !?


「うおおおおおおいっ! うおおおおおおおいっ! ダメなヤツだろ!? 一番ダメな! い・ち・ば・ん・だ・め・な・や・つ!」


 もはや、タップダンスでも踊っているが如く。モスピッツァ中尉の足踏みは激しかった。


「そうですか」

「いいか? こう言うんだ。『特別大功は第4中隊が受けるべきだと思います』と」

「お断りします」

「な、なぜだ?」

「私はそう思っていないからです」

「上官命令だ!」

「わかりました」

「本当だな?」

「はい」

「言ってみろ? 特別大功はどの隊が受けるべきだと聞かれたら?」

「私はそう思ってないですが、中尉が『特別大功は第4中隊が受けるべきだと思います』と答えるよう

指示を受けました」


 !?


「うおおおおおおおあおおおい! うおおおおおおおい! うおい! な、なんでそうなるんだ? 絶対にワザとやっているだろう?」

「指示通りにしておりますが」


 もちろん、ワザとやっているのは言うまでもない。


「指示してない! そんなこと、全然指示してないんだよ!」

「そうですか」

「いいか? これから、問答のリハーサルを行う。一言一句間違えるな? 付け足すな? 省くな? いいか、わかったか!」

「しかし、ロレンツォ大尉を待たせておりますので」

「だから、言ってるだろう!? いいんだよあんなヤツ! どうせ、なにをやっても笑顔で許すに決まってるんだから! 待たせておけばいいんだ何時間でも。できるまで、何時間でも同じことをやらすからな、いいな!」


 モスピッツァ中尉が叫んだ時、扉の外から声がした。


「それは困るな」

「……へ?」


 中に入ってきたのは、ロレンツォ大尉だった。

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