モスピッツァ中尉(1)


 翌日、ヘーゼンが要塞に帰還した。若干、二日酔い気味で頭がガンガンする。本当はベッドで寝ていたいところだが、報・連・相は軍人の基本である。


 すぐさま、ヘーゼンはモスピッツァ中尉の部屋に直行した。神経質な様子で座っている上官は、厳しい視線を投げつけてくる。


「ロレンツォ大尉に報告は行っていないな?」

「はい。真っ先に報告せよ、との命令だったので」

「絶対だな」

「はい」

「命賭けるな?」

「……はい」


 いい加減、この無能にも辟易してきた。ロレンツォ大尉には、『殺せ』と進言したがキチッと処分してくれるのだろうか。


 まあ、これが雇われ軍人の宿命かと大きくため息をつく。


 ヘーゼンは簡潔に結果だけを報告した。

 

「……信じられない。本当に停戦協定を成したのか?」

「はい。ここに、クミン族の言語と帝国語の言語の2つが載った約定があります」

「こんなもの偽造かもしれない」

「後日、女王のバーシアが要塞に訪れます。正式かつ儀礼的に約定を成すためです。こちらはジルバ大佐に出席いただくのがよいでしょう」

「じょ、女王が自ら来ると?」

「はい」

「……信じられない。よ、よし。わかった。しかし、これは快挙だな。始まって以来の大功績だぞ?」

「……」


 こいつ、ヤバいなとヘーゼンは思う。なにもやっていないのに、いやむしろ、大反対して邪魔をし、果ては責任放棄したというのに、何故か手柄を掠め取ろうとしている。


 しかし、そんな冷ややかな視線にも気づかず、モスピッツァ中尉はすり寄るような甘気持悪い声で囁いてくる。


「特別大功……これは、私も考えたのだが、やはり第4中隊でもらうのが適当だと思う。第8小隊は、今までの素行が悪かったと有名だったからな」

「それだと、第4中隊の素行が悪いということでは? 第8小隊は第4中隊内の小隊なので」

「……あ?」


 先ほどまで上機嫌だったモスピッツァ中尉の表情が強張り、声もいつもの不機嫌そうな声に戻った。


 ヘーゼンはホッと安堵した。これ以上、あんな気持悪い声でささやかれたら、思わず手が出てしまっていたかもしれない。


「……第4中隊全体が悪いということにはならない。素行が悪かったのは、あくまで第8小隊だけだからな」

「では、特別大功に推薦するのでしたら、第8小隊だけにして下さい」

「あ? 貴様、人の話を聞いていたのか?」

「はい。中尉の理屈だとそうなります。今の評判が『大は小を兼ねない』のでしたら、今回も同様にすべきです」

「……」

「今回、功をなしたのは第8小隊だけで、他の第4中隊の方々には、なんの尽力も頂いてないので」

「貴様! 手柄を独り占めしようと言うのか?」

「そんな気はありません。ですが、手柄をなんの協力もしていない方々に分けたくはありません。あくまで分けるならば、第8小隊が適当かと思います」


 隊のメンバーには、調査や事前の段取りなど、結構無理をさせた。それには、当然報いたい。しかし、モスピッツ中尉にはそもそも邪魔しかされていない。そして、わざわざそんな説明をしなくてはいけないことこそが、なんとも無駄だとヘーゼンは思う。


「……ならば、特別大功には推薦しない。それでもいいのだな?」

「どうぞ」

「当然だろう。貴様は『第8小隊は第4中隊ではない』と言ったのだから」

「第8小隊以外の方々には尽力頂いてないと言っただけなので、そんなことを言った覚えは毛頭ありませんが、少尉には推薦権はないのでお好きになさってください」

「……本当にいいのだな?」

「はい」

「言っておくが、本当に推薦などしないぞ?」

「はい」

「なぜだ? 第4中隊の手柄にすればいいだけではないか。そうすれば、少なくとも第4中隊全員に褒賞がもらえる。推薦しなければ、なんの褒賞ももらえない。どちらがいいかなんて明白ではないか」


 モスピッツ中尉は諭すように、甘ったるい声を出すが、ヘーゼンは首を横に振る。


「なんの手柄も取ってないのに、手柄を取らせるのは間違っているからです」

「それが慣例ではないか!」

「悪しき慣例です。悪しき慣例は駆逐せねば、帝国は衰退します」

「貴様……少尉風情が帝国を語るのか?」

「はい。私は帝国軍人であり、帝国国民でもあります。なので、帝国の未来を常に考えて行動します」

「……私が帝国の未来を考えていないと言うのか?」

「そんなことは一言も言っていないし、文脈からも読み取れませんが、そうだとは思います」

「き、貴様ぁ!」


 モスピッツァ中尉が張り手を喰らわせようとしたが、ヘーゼンはそれを避けて風柳を振るった。途端に切り裂くような風圧がモスピッツ中尉の頬をかすめる。彼は思わず、腰が抜けてへたり込む。


「がっ……ががが」

「失礼。害虫が中尉の肩にいましたので」


 ヘーゼンは真っ二つにした大きめの害虫を見せて笑う。もちろん、これも、あらかじめ準備したものだ。


「き、貴様! 私を殺そうとしたな?」

「いえ。私は害虫を殺しただけです」

「う、嘘をつくな」

「嘘ではありません。この害虫を殺しました。私は害虫は殺します……帝国を蝕む害虫は、徹底的にね」

「ひっ……」


 ヘーゼンは射抜くような視線をモスピッツァ中尉に見せる。


「で、では推薦はしない! 本当にそれでいいのだな?」

「はい」

「……本当にだ。いいのだな?」

「あの、耳がお悪いのですか? 何度も『はい』と申し上げております」

「ね、念押しの確認だ。重要事項だからな」

「……できましたら、手短にお願いします。この後、ロレンツォ大尉への報告がありますので」

「うおおおおおおぃ!」


 モスピッツァ中尉が、またしても奇声をあげた。

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