協定締結


 そもそも、ヘーゼンは西大陸出身である。そこには、魔杖の存在がなく、己の身一つで魔法を発する。しかし、それも一長一短である。多彩な魔法を放つことができる代わりに、詠唱チャントと言う行為と、シールと言う行為が必要不可欠だ。


 すなわち、魔法を放つまでに時間がかかる。


 魔杖には、そのような行為は必要がない。それは、コンマ数秒で生死を分ける戦闘と言う点において、有利に働く。


 そこでヘーゼンは考えた。より、多くの魔杖を持ち、相手の特性に合わせて魔杖を使用できるようにしようと。背後に8種類の魔杖が出現したのも、物を見えなくすることができる魔杖の『幻透』と自在に物質を動かすことのできる魔杖『念導』を駆使した結果だ。


 西大陸のこと以外の説明をした時、バーシアが怪訝な表情を浮かべる。


「……そんな魔杖を奮っていた形跡はなかったぞ?」

「ああ。これです」

 ヘーゼンは自身の小指にはめていたリングについている2つの小さな鎖のようなものを見せる。

「まさか……これが魔杖?」

「宝珠を加工した欠片で製作しました」

「信じられない。こんな小さなものでそんな芸当が?」

「効果範囲を著しく限定すること。能力をより単純な動きに特化させること。そう言う制限を加えてやれば、できました」

「できましたって……」


 バーシアは思わず苦笑いを浮かべるが、ヘーゼンとしてはそうとしか言いようがない。幻透は、今のところ8つの魔杖しか消すことが出来ない。念導も、効果範囲は3メートルほどで、空いている手のひらにおさまるような動きしかできない。


「私なら使い方に合った魔杖をあなたたちに提供できる。魔杖工のレベルが低いと、魔杖に自分たちの特性を合わせざるを得ない」


 そして、それは本末転倒であるとヘーゼンは思う。魔杖の質の差は、国家、民族の強さの質だ。これを上げることで、簡単には潰されない民族であることを示せれば、侵略行為などは容易にはされない。


「私があなたたちに明かしたのは、私の魔杖工としての腕を見てもらいたかったからです」


 もちろん、これらはヘーゼン以外には必要のない魔杖だ。そもそも、通常の魔法使いは、一つの魔杖を扱うのですら難儀する。


「規格外の怪物的所業だな」

「そんなことはありません。まだまだです」

「まだまだ? 11本の魔杖を種類によって使い分けを行う。こんなことは、大陸中探してもできるものなどいる訳がない」

「宝珠の質と魔杖の質が追いついていないので、いずれはもっと……自身の目指す完成系には程遠いです」

「……味方にするには恐ろしすぎる男だな。しかし、敵であることよりは、遥かにマシか」

「わかっていただけてありがたいです」


 女王バーシアは頷き、クミン族の戦士たちに向かって叫ぶ。


「みな! 本日をもって、帝国と停戦協定を結ぶ。わかったな」

「「「「「おお!」」」」」


 クミン族の者たちが一斉に雄叫びをあげる。


「……てっきり、反対の声もあるかと思ってましたが」

「族長の決定に異論を唱えることは、掟で禁じられている。それに、ヘーゼン。君は勇敢にも護衛一人と子ども一人でここまで来て、私の右腕であるオリベスを破ったのだ。異論を唱える者など、いる訳がない」

「それでも、帝国軍人には少なからず怒りがある者も少なくはないと思いますが」

「……『最後まで勇敢に闘い滅びよう』と言う声も確かにある。前族長はそうだった。しかし、私は違う。それだけのことだ」

「……」


 恐らく、前族長と派閥争いが起き女王バーシアが勝利したのだろう。少数部族の権力闘争は激しい。恐らく、血で血を洗うほどのものだったはずだ。


「それに、帝国軍人でありながら、帝国を利用し手玉に取ってやろうなどと言う者がいるのは、どこか痛快だった」

「……期待には応えますよ。必ず、その判断に報いましょう」


 ヘーゼンは冷酷な策士であるが、謀略などは好まない。相手が信に足らぬ者なら別だが、誠実な対応には誠実な対応で返す。


「さあ、堅い話は終わりだ。みな、酒を用意しろ」


 バーシアが叫ぶと、屈強な戦士が次から次へと大樽を持ってきた。途端に、ヘーゼンの顔がひきつる。


「い、いえ。せっかくですが酒は思考能力が落ちるから苦手なのです」

「そう言うな! クミン族は友とみなした移民族を酒でもてなすと言う伝統があるのだ」

「……カク・ズ。お前に任せた」

「ひ、ひとりだけズルいぞ」

「ヤンもいるから心配するな」

「わ、私が飲める訳ないじゃないですか!? 子どもですよ」

「ここまで、なんの働きも見せてない。せめて、酒くらい飲んで、余興などで盛り上げろ」

「わーん! バーシアさん、子どもの敵であるこの男をすぐに殺してください」


 ヤンは若き女王に抱きついてヘーゼンを睨む。彼女は笑いながら少女をなでる。


「ははは、面白い子だな。娘か?」

「いえ。才能を勝って引き取りました。後に、ナンダルと言う商人を紹介しますが、そのパイプ役になってもらう存在です」

「この子が?」


 バーシアは目を丸くする。


「ヤン=リンと言います。交易の経験をさせたいんで、厳しくしてやってください。子どもと見て、油断すると痛い目に遭いますよ」

「……なるほど。ただの少女ではない訳か。まあ、ヘーゼンが連れてくるくらいだから、只者ではないのだろうな」

「ば、バーシアさん……私を見る目が怖いです」

「バーシア女王。怯えたように見えますが、ブラフです。刃を喉元に突きつけたとしても動じるタマではない」

「さっきからなんてこと言うんですか!?」

「はっはっはっ、まあいい。飲もう。もちろん、ヘーゼン。君もだ。でなければ、この話は破談だ」

「……はぁ」


 女王の豪快な笑顔で、やっと観念したヘーゼンだった。

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