オリベス

 バーシアは手を挙げ、ヘーゼンの周囲を囲んでいる刃を引かせる。しかし、カク・ズはそのままだった。まあ、話が長過ぎてうたた寝しそうになっているので、その威圧はあまり意味はないが。


「オリベス、行け」

「はっ!」


 若き女王は、隣に控えていた屈強な男に指示する。小部族と言えど、ナンバー2。帝国で言えば、中佐クラスほどの実力かと推察する。


「言っておくが、この牙影がえいと言う魔杖まじょうでは逆立ちしても勝てないぞ?」

「まあ、やってみましょう。ルールなどは?」

「ルール? そんなものはない。ただ、相手が倒れるまで闘い続けるだけだ」

「わかりました」


 ヘーゼンはそう言いながら、オリベスに背を向けて歩きだす。それは、あまりにも無防備だった。屈強な戦士は、明らかに苦い表情を浮かべる。


「お前……ナメているのか? 殺せと言っているようなものだぞ?」

「決闘において、格上の戦士が背後から刺すかい? ルールなどないと言っているが、これは私の実力を測るためのものだ。なら、オリベス。君はこの場では何もできないよ」

「……」


 ヘーゼンの宣言通り、テントを出るまで、オリベスは微動だにしなかった。場を支配することにおいて、自分に匹敵する者は少ない。それは、莫大な戦闘行為の果ての経験則だ。


 集落内の大広場に出て、二人は対峙した。オリベスの魔杖(まじよう)は自身の身長ほどある長棍であった。


 彼が魔杖まじょうをヘーゼンに向けると、突如として巨大な竜の幻影が発生した。その竜は大きく口を開き、氷塊の刃を大量に吐く。


 ヘーゼンはかろうじてそれを避けるが、その一帯はズタズタになった。


「気をつけろ。氷竜は気が荒い」

「……確かに、これは牙影がえいでは勝てないな」


 威力が桁違いだ。恐らくオリベスの使用している宝珠の等級は4か5等級。帝国の大佐級が扱うほど高位の宝珠だ。魔杖まじょうの質は数段低いが、それでもへーゼンの放つ魔法よりも遙かに高出力だ。


「情けをかけるのは、最初だけだ。次も躱せるとは思うな」


 オリベスの言葉はハッタリではない。この厄介な氷塊の刃は、恐らくより広範囲に放つことも可能だ。


「……クク」


 しかし。


 ヘーゼンは不敵に笑った。


           *


 3年前。事実上不可能だとされていた黒海を渡り、ヘーゼンがこの東大陸へとやってきた。その時、魔法体系の違いに愕然とした。これまでは魔法を外部に放つには詠唱チャントシール、2つの手順が必要だった。


 詠唱チャントは、大脳左部に存在する魔力野ゲートから生じた魔力を体内に構築し、魔法の理を言語化する作業。シール象徴シンボルを描くことによって、魔法の理を外部に放つ作業。


 しかし、この大陸では魔杖まじょうがその役割を果たす。詠唱チャントシールの作業をすることなく魔法を放つことは、発動速度を格段に短縮させる。一方で、魔法の種類は著しく限定されるため多種多様な魔法を個人で放つことはできない。


 一長一短であり、どちらが優れているかというのは決められないが、ヘーゼンは迷わず魔杖の魔法体系を選択した。


 ゼロから……いや、前魔法体系の影響で、魔法を放つことすらできなくなった、マイナスからのスタートで。


                 *


「お前……なんだ、それは?」


 オリベスは驚愕の眼差しを向けた。


 ヘーゼンの背後には、魔杖まじょうが8つ。それが、宙に浮いていたのだ。オリベスのみならず、クミン族の誰もが驚愕の眼差しを浮かべていた。


 通常、魔杖まじょうは1人の魔法使いについて1種類。どれほどの使い手でも最高で4種。


 それが、この大陸の常識である。


「ああ、これ? 牙影がえいでは、どうあがいても勝てそうにないのでね」


 ヘーゼンが牙影がえいを放り投げると、別の魔杖まじょうが手に収まる。


「くっ……」


 オリベスが再び魔杖まじょうをかざすと、竜は広範囲に氷塊の刃を吐く。しかし、ヘーゼンもまた同時に魔杖まじょうをかざした。発生したそれは等身大ほどの巨大な盾だった。


「広範囲に拡げると、威力が弱まる。それなら、この10等級の宝珠で作成した『地盾ちいん』でも対抗する手段はあると言うことだ」


 攻撃を防いだヘーゼンは、もう片方の手を広げると、別の魔杖まじょうが吸い込まれるように手に収まる。


「両手で魔杖(まじよう)を扱う? お前……化け物か?」


 思わずオリベスは口にしていた。通常の魔法使いが扱う魔杖まじょうは、どちらか一方の手で振るうのが一般的だ。


 しかし、ヘーゼンはすでに2種類の魔杖まじょうを扱っており、両手持ちだ。


「歴史上一人もいないのだったら誇るがね。帝国では、ミ・シルもそうだと聞いている」

「……あの四伯とお前が同等とでも?」


 彼女は、大陸で最も恐れられている者の一人である。


 ヘーゼンは先端が鋭く尖った銛のような魔杖まじょうを投げた。それは、高速で飛翔して幻影の竜顎を弾き飛ばす。


「バカな……打ち破られるだと?」


「紅蓮。一撃に特化した魔杖まじょうだよ。1日1回しか使えない燃費の悪い魔杖(まじよう)だが、その威力は8等級並みの威力だ」

「……あり得ない。この宝珠は5等級だぞ?」

「それは……君と僕。格の差かな」


 そう笑い。


 ヘーゼンは新たな、魔杖まじょうを手におさめ、振るう。


 しかし、それはなんの効果も発しなかった。


「は、はったりか」


 オリベスは安堵した表情を浮かべながら、自身の魔杖まじょうをかざす。


「悪いが、お遊びは終わりだ。全力で行かせてもらう」


 再び発生した竜の幻影は大きく口を膨らませて溜めを作る。先ほどよりも、遥かに威力を上げる一撃がくる。範囲もより広く、避ける手段がない。


 これで、ヘーゼンは避けることも、防ぐこともできなくなった。


 少なくとも、オリベスはそうみなした。


 しかし、ヘーゼンもまた、勝利を確信し、笑った。


「魔法使い同士の決闘で重要なのは騙し合い。君は戦場では優秀だが、決闘には向いていないな」


 そうつぶやいて。


 ヘーゼンは魔杖まじょうを振るった。すると、オリベスの死角から紙状の影が放たれて身体にまとわりつく。なにが起こったかわからないオリベスは、取り乱しながら叫ぶ。


「け、決闘は一対一のはずだ。だ、誰が……」


「ああ。この魔杖まじょうの効果だよ。これは、遠隔で魔力を伝達させる効果をもつんだ」

「……っ」


 牙影がえいを投げ捨てたのは、その存在を察知されないため。ヘーゼンはゆっくりとオリベスの死角となって紙状の影が放てる位置に移動していた。あとは、彼が魔力を溜めて放つ一撃ほどの間を待てばいいだけの話だ。


 最初に、ただ魔杖まじょうを振ったのもブラフだ。もう、こちらに手がないと思わせることで、あちらに警戒心を緩めさせた。オリベスは強いが、単純な戦士だ。そんな者を翻弄することなど、容易い。


 青の女王はやがて、手をあげて宣言する。


「勝負あり……だな」

「小細工は労しましたが、まあ、今の実力ではこんなものです」

「……」

「ご不満ですか? 私も力対力の勝負ができればいいんですが、宝珠が伴っていないところもありまして」

「小細工? お前はアレを小細工と呼ぶのか?」


 バーシアは額に汗を浮かべながらつぶやいた。

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