ナンダル(2)


 翌日、ナンダルという商人をヤンが連れてきた。30代ほどで、無精髭をした男だった。来客室に入ったナンダルはソファに腰掛ける。ふんぞりかえって、ぞんざいな様子だ。どうやら、軍人に対する気遅れはないらしい。


「お呼びで?」

「クミン族の言葉をヤンに教えたそうだな。君は、なぜ知っている?」

「……罪に問わないと約束してくれるのなら、答えましょう」

「ここに書類がある。君のあらゆる証言を不問に処すと記されている。安心してくれ。そして、これは駄賃だ」


 ヘーゼンは書類と大銀貨一枚を手渡す。


「準備万端という訳か。それに大銀貨とは、太っ腹だねぇ。でも、例え偽証したとしても罪には問われないんでしょ? 俺が真実を言うとは限らないのに」

「真実かどうかなど、こちらで判断する」

「へぇ」


 品定めするかのようなナンダルの瞳を、ヘーゼンは覗き込むように見つめる。


「……怖い目だ。心臓をなでられてる気分だね。わかりましたよ。俺も商人のはしくれだ。大銀貨一枚分の証言はしましょう」

「助かる」

「クミン族の言葉についてでしたね。若い頃、クミン族の女と出会い、付き合ったんですよ」

「……なるほど」

「森で動物に襲われたそうです。血を大量に流して倒れてました。彼女を介抱したのがキッカケで。まあ、一目惚れってやつです」

「どのくらい付き合った?」

「16歳の頃から5年」

「別れたのか?」

「殺されました。彼女、クミン族の掟を破ってましたからね。見つかって、コレです」


 ナンダルは首に親指を当てて線を引く。


「いい女でした……その時は、怒りと憎悪で死ぬかと思いましたよ」

「……」


 逆に捉えれば、今はそこまででもないと言うことなのだろう。


「ヤンにクミン族の言葉を教えたのは?」

「こいつ、頭がいいでしょ? 奴らが子どもに手を出さないのを知ってたんで、孤児院で優秀そうな子を探してたんです」

「なるほど。経緯はわかった」

「で? 本題があるんでしょう?」


 ナンダルは無精髭を触りながら尋ねる。未だ彼は品定めするような姿勢を崩さない。ヘーゼンはそれに対しては好感を持った。変にへりくだるような態度は好きではない。商売とは、相手の足元を見るようにするものではないからだ。


「もう間も無く、クミン族との間に停戦協定が結ばれる。その時、商人として、物資を交易する者が必要だ。力を貸してくれないか?」

「停戦協定? まさか。これまで、どれだけの血が流れたと思ってるんですか? どちらかが滅ぶまで、この争いは続くでしょう」

「結ばれたらでいい。クミン族と話をできるのは、ごく少数だ。生まれる利益を独占したいんだ」

「……」


 その時、ナンダルの瞳がギラッと光った。どうやら、商売人としての本能に火がついたようだ。

 

「それは、帝国軍で仕事を回すということですか?」

「いや、軍は関係ない。これは、僕の個人的な話だ」

「……なるほど。密輸するという訳ですか。剛毅な方だ。ここ帝国の砦で堂々と口にするとは」

「僕はあくまで帝国国民とクミン族の交流を促進しているだけだ。軍規違反には当たらない」

「……仮に、俺がクミン族との商売を始めるとして。どれだけ、あんたに渡せばいいんですか?」

「いらない」

「それは、直接は受け取らないということですか?」


 ナンダルの言いたいことは、マネーロンダリングのことだろう。誰か、適当な関係の薄い人物に金を渡して、最終的にヘーゼンの下へと金を渡す手法だ。しかし、ヘーゼンは首を横に振った。


「違う。利益のピンハネはしないと言うことだ」

「は? それでは、私が儲かるだけになりますけど」

「その通りだ」

「……」


 無精髭を触りながら、目を見開く。どうやら、こちらの意図が読めないようで困惑しているようだ。


「そんな上手い話は、すぐには乗れないな。裏は?」

「交易する品のリストをまず僕に見せ、最初の交渉権をくれ」

「額は?」

「ヤンに任せる」

「それだけでいいので?」

「ああ」

「……参った」


 ナンダルは明らかに困った顔をする。


「不満か?」

「いえ。俺も商人のはしくれ。相手の意図を読むのには長けているつもりだったんですがね。あんたのそれがまるで読めねぇ」

「……これは、後々の話だ。ナンダル、君は物を売るが、卸しもするだろう?」

「もちろん。卸さなきゃ売るものがない」

「僕はクミン族から仕入れた物を、加工してクミン族に売ることを考えている」

「……」


 それを聞くと、ナンダルは黙り込む。それから5分以上が経過して、やっと口を開く。


「クミン族の交易品にお目当ての当たりが入ってるって事か?」

「ああ。しかし、それはまだ言えない」

「……わかった。引き受けよう」

「いいのか?」


 ヘーゼンは一部の情報を秘匿すると宣言した。普通に考えれば、そこに最も旨みがあると考える。ナンダルは鼻の効きそうな男だ。優秀な商売人であるなら、最も利益を取れる箇所を見逃すはずがない。しかし、無精髭を触りながら、男は首を縦に振る。


「ええ。ピンハネしないってとこが気に入った。帝国軍人なんて、横暴を傘にきたような男ばかりだ。正直、どれだけ吹っかけられるかと思ってたが、余計な心配だった」

「……真っ当な商売をした者が、真っ当に儲けるべきだ。何もしないで儲けるような仕組みは、真っ当な商売をする者の成長を阻害する」


 ヘーゼンの目的は、利益の搾取ではない。自分の周りで目をつけた者たちと共生し大きなコミュニティを形成することだ。前例のない商売は必ず成功する。なぜなら、そこには競争相手がいないからだ。


 そんな簡単な理屈が通らないのは、利益を搾取する貴族、商会、国家などが邪魔をするからだとヘーゼンは考える。


「がはは! 気に入ったぜ。ヤン、いい男に拾ってもらったな」

「ぜ、絶対にそんな訳ないと思いますけど」


 黒髪の少女はこれ以上ないくらい嫌そうな表情を浮かべた。

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